天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

まつりごと・政治のうた(2/3)

  はかなくもなほ治まれと思ふかなかく乱れたる世をば厭はで

                         足利義政

足利義政: 室町時代中期から戦国時代初期にかけての室町幕府第八代将軍(在職:24年)。幕府の財政難と土一揆に苦しんだが、自らは東山文化を築くなど、数奇の道を探求した文化人であった。

 

  君が代をおもふこころの一すぢに我が身ありともおもはざりけり

                         梅田雲浜

梅田雲浜: 幕末の尊皇攘夷志士。安政の大獄で摘発され、獄中で病死した。享年45。

 

  無力なる政事(マツリゴト)びとらも、我が如く 粉に噎(むせ)びつつ

  まつりごつらむか               釈 迢空

 

  おほきみは高く安らにおはしませ民こそ継がめ国のまつりごと

                         土岐善麿

  「文学と政治」あに二元なるらめや一身透過のあぶらしたたる

                         坪野哲久

  政治など専攻せざりしを幸と思ふと言ひ会ひし後を共に寝つかれず

                         近藤芳美

  詩はついに政治に勝てぬことわりをしめぎにかくるごとく見しむる

                         田井安曇

*しめぎ: 搾木あるいは締木。物を強く押しつける道具(菜種や大豆などをしめつけて油をしぼりとるのに使う)。

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まつりごと・政治のうた(1/3)

 政治とは、主権者が、領土・人民を治めること。まつりごと。ある社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに、社会の意思決定を行い、これを実現する作用。(デジタル大辞泉の解説)

 具体的事案について詠うときは、時事詠になる。

 

  高円(たかまど)の野の上(うへ)の宮は荒れにけり立たしし君の御代(みよ)遠そけば

                     万葉集大伴家持

*「高円の野の宮はすっかり荒れてしまいました。天皇の時代が遠い昔のことになってしまったので。」 天平宝字二年に、二年前に亡くなった聖武天皇をしのんで家持が詠んだ。

 

  君が代は久しかるべし度会(わたらひ)や五十鈴の川の流れ絶えせで

                    新古今集大江匡房

*渡会: 伊勢地方の旧名。

「わが君の御代は末永く続くに違いありません。この伊勢の地にある五十鈴川の流れが絶えないのと同じように。」

 

  奥山のおどろが下も踏み分けて道ある世ぞと人に知らせむ

                    新古今集後鳥羽院

*「奥山のおどろの下までも踏破して、厳然と道のある世の中だということを人々に知らせねばならぬ。」

 

  身にかへて思ふとだにも知らせばや民の心のをさめがたきを

                   新千載集・後醍醐天皇

  治まれるあとをぞしたふおしなべて誰が昔とは思ひわかねど

                    風雅集・後醍醐天皇

  なほざりに思ふ故かと立ちかへりをさまらぬ世を心にぞ問ふ

                    新千載集・後光厳院

  民安く国治まれと祈るかな人のひとよりわが君のため

                  新葉集・二品法親王深勝

  雲のうへをさまる春のまつりごといでたつ庭にまづしられつつ

                     新葉集・阿野実為

*阿野(あの)実為(さねため) は、 南北朝時代 の 公卿 。官位 は 従一位内大臣南朝 )。 祖父・ 阿野公廉 の女・ 廉子 (新待賢門院)が 後醍醐天皇 の寵妃であった関係から、 阿野家 は代々南朝方公卿として活躍した。

 

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五十鈴川

数のうた(3/3)

 以下の例からもわかるが、新古今集では、「数ならぬ」という表現がよく使われた。

 

  数ならぬ身は無きものになし果てつ誰が為にかは世をも恨みむ

                    新古今集・寂蓮

  世を厭ふ名をだにもさは留め置きて数ならぬ身の思出にせむ

                    新古今集西行

*「この世を穢土として厭ったという私の噂だけはそのままこの世に残し、取るに足りないわが人生の思い出としよう。」

 

  数ならぬ心のとがになし果てじ知らせてこそは身をも恨みめ

                    新古今集西行

*「身分不相応の恋をしたことを、賤しい身である自分の拙い心のあやまちとして諦めはすまい。あの人にこの思いを知らせて、拒まれた上で初めて我が身を恨もうではないか。」

 

  数ならで世にすみの江の澪標(みをつくし)いつをまつともなき身なりけり

                  新古今集・源 俊頼

澪標 船の安全な航路を示す標識。古来、遠浅の難波潟(すみの江)の名物で、難波の縁語。

 

  数ならぬ身をなに故に恨みけむとてもかくてもすごしける世を

                    新古今集・行尊

  零といふ寂しき数を見出でたる人よ碧空を仰ぎしにあらずや

                       葛原妙子

  ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも

                      上田三四二

  数により事を決する集団の中の「個」として長く勤め来ぬ

                       五島美子

*多数決のルールにより集団の行動を決めるのが民主主義とすれば、結句に作者のある思いが詠みこまれているようだ。

 

  散る花の数おびただしこの世にてわたしが洗ふ皿の数ほど

                      小島ゆかり

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散る花

数のうた(2/3)

  人知れず落つる涙のつもりつつ数かくばかりなりにけるかな

                   拾遺集・藤原惟成

古今集のよみ人しらずうた「行く水に数かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり」を踏まえる。

「人知れずこぼした涙が積もり積もって川のようになり、むなしく数を記すほどになってしまいましたよ。」

 

  数ふれば空なる星もしるものをなにをつらさの数にとらまし

                  後拾遺集藤原長能

*「星の数は数えられても、つらさの数をどうやってはかればよいのか。」

 

  数ならで心に身をばまかさねど身にしたがふは心なりけり

                    千載集・紫式部

*2021-02-28の「心を詠む(8/20)」を参照。

 

  おしなべて思ひしことのかずかずになほ色まさる秋の夕暮

                  新古今集・藤原良経

  八百日(やほか)ゆくはまの真砂を君が代の数に取らなむ沖つ島もり

                  新古今集・藤原実定

*「通過するのに800日もかかる砂浜の砂の数をわが君の御代の数として数えてください、沖の島の島守よ。」

 

  もしほ草かくともつきじ君が代のかずによみおく和歌の浦なみ

                  新古今集・源 家長

*「詠草はいくら集めても尽きることはないでしょう。君が代は千年も万年も続く、その数に匹敵して、ひっきりなしに詠まれる和歌――和歌の浦に打ち寄せる波のように限りなく。」

 

  はかなしやさても幾夜かゆくみずに数かき侘ぶるをしの独寝

                  新古今集・藤原雅経

*「先の見通しもないなあ。そんな状態でも幾夜も水をかき分け続けるのに耐えられなくなっている一人寝の鴛鴦。」

 

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鴛鴦(オシ)

数のうた(1/3)

 ここでは、具体的な数の歌ではなく、「数」という字を詠んだ作品をとりあげる。

なお、すでに2015-09-13に「数のうた」として一部を取り上げているが、ここでは、あらためて包括的に多くの作品をまとめておく。

数無し、数ならず: 物の数ではない。取るに足らない。はかない。

水に数書く: 水の上に物の数を書きつけること。無駄、はかないというたとえ。

 

  塵(ちり)泥(ひぢ)の数にもあらぬわれ故に思ひわぶらむ妹(いも)が悲しさ

                  万葉集中臣宅守

*「塵や泥みたいなものの数にも入らぬ自分のために、悩み気に病んでくれるあなたがいとおしい。」

 

  水の上に数書く如きわが命妹に逢はむと祈誓(うけ)ひつるかも

                万葉集・柿本人麿歌集

  うつせみは数なき身なり山川の清けき見つつ道を尋ねな

                  万葉集大伴家持

  暁のしぎのはねがきもも羽がき君がこぬ夜はわれぞかずかく

                 古今集・読人しらず

*しぎのはねがき: 鴫の羽根掻。夜明け方、シギが、くちばしで羽毛を何度も何度もしごくこと。また、物事の回数が多いことのたとえ。ももはがき。(精選版 日本国語大辞典

 

  花がたみめならぶ人のあまたあれば忘られぬらむ数ならぬ身は

                 古今集・読人しらず

*花がたみ: 「目並ぶ」に係る枕詞。  めならぶ: 見比べる。

 

  かつみつつかげ離れ行く水の面(おも)にかく数ならぬ身をいかにせむ

                  拾遺集斎宮女御

*「私が見ているそばで、帝のお姿が、遠ざかってゆく。流れゆく水の面に数を書くように果敢ない、人の数にも入らない我が身をどうすればよいのだろう。」

 

  かずならぬ身は心だになからなむ思ひ知らずば怨みざるべく

                 拾遺集・読人しらず

*「物の数でもない私にはいっそ心なんかなければいい。そうすればこんなにあなたを怨まないだろうから」

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鴫(シギ)

乗りもののうたー航空機(3/3)

 飛行船: 空気より比重の小さい気体(水素やヘリウム)をつめた気嚢によって機体を浮揚させ、これに推進用の動力や舵をとるための尾翼などを取り付けて操縦可能にした航空機。1852年にフランスのアンリ・ジファールによって蒸気機関をつけた飛行船の試験飛行が成功した。

 ヘリコプターという名前は、ギリシャ語の螺旋 (ヘリックス) と翼 (プテロン) に由来する。グライダーは、滑空のみが可能な航空機。(以上、百科事典から)

 

  かぎろひの春の真(ま)日(ひ)照る大空ゆ斜(ななめ)になりて来る飛行船

                      尾山篤二郎

  突然に大き飛行船あらはれて音なくうつる蛇崩の空

                      佐藤佐太郎

 

  不吉なる音の近づくやうなときヘリコプターの飛ぶ音を聞く

                      佐藤佐太郎

  訓練のヘリコプターが吊り上げるかたまりは長き髪つけており

                       高瀬一誌

*人命救助の訓練であろう。下句からは女性の人形を吊り上げているように思える。

 

  グライダーにたそがれの風謳わしむこころ老いたる青春のため

                       寺山修司

*たそがれの風の中を飛んでいるグライダーを見ての心情を詠んだ。

 

  あくまでも空気の中に存在し飛行船あり春の現(うつつ)を

                       小池 光

 

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飛行船

乗りもののうたー航空機(2/3)

  ジエツト機の金属音かすめわれがもし尖塔ならば折れたかも知れぬ

                       森岡貞香

  プロペラ機くもりに赤き灯をともしさびさびと居り小さき空港

                       高安国世

  夕空に雲引きてゆく飛行機のうつくしかりし戦ひののち

                       岡野弘彦

*この飛行機は敵機であったか、味方機であったか。あるいはイラク戦争時のニュース映像であったか。

 

  接近し まごうことなき旅客機がビルの胸部に激突したり

                       奥村晃作

*2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件で、ハイジャックされたアメリカン航空11便がワールドトレードセンター北棟の北面に突入した情景であろう。「まごうことなき」が、まさか?という気持を表している。

 

  淋代の浜をとびたちし飛行機よあをぞらのなかに入りてしまひぬ

                       小池 光

*淋代の浜は、青森県三沢市にある海岸で、日本の白砂青松100選に指定されている。淋代海岸は、太平洋無着陸横断飛行の起点として多くのパイロットが選択した。飛行に際しては、周辺住民が杉板を敷いて飛行場を建設したほか、リンゴの差し入れを行うなど便宜を図ったという。(Wikipedia参照)

 

  東京湾へ旋回したる飛行機の窓に富士あり眠気をはらふ

                       安立敏彦

 

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プロペラ機