天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身体の部分を詠むー目(9/9)

  眼にきけば辛いとまばたくいちにんを今日は起立(たた)せず励まさず抱く

                        望月綾子

*上句は相手の眼をじっと見つめていたが、何も答えず眼を瞬くばかりだった、状況をさす。

 

  目薬のしづくをふかくたたへたる近江(あふみ)遠江(とほたふみ)ふたつのまなこ

                        小池 光

*近江は琵琶湖、遠江浜名湖 をさす。

 

  見えぬ目は開くも閉づるも暗黒にあらず空白まつしろの白

                       日比野義弘

  ノートル・ダムの椅子に座りてわれだけを見てゐたおまへ

  小さきまなこよ               日置俊次

 

  目を凝らし見据えておれば眼球のやがて溶解してゆくこころ

                        今井千草

  レーザーの光を浴ぶる眼球の狂ほし極彩色の奔りて

                       春日真木子

白内障かの手術の時の経験だろう。

 

  飛翔せむおもひのいまだ残るらしわれの眼にある翼の欠片

                        沢口芙美

  一対の切子グラスの輝きを目は楽しみて買わずに帰る

                        武市房子

*切子グラス: カットグラス( 立方体のそれぞれの角を切り落とした形。)

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切子グラス

身体の部分を詠むー目(8/9)

  移る世に変はらざるもの並(な)べて親し例へば若ひとの深き眼差

                        黒沼友一

  わが方を見てゐるやうなゐぬやうなこんな小さな目だつたかきみ

                       池谷しげみ

  正月用はまち活け締め千本をさばき眼の下くろずめる者

                       浜口美知子

  目薬の一滴をさししばかりにてわが目は水のかたまりとなる

                        岡崎康行

  霧消えて人も消えたる橋の上 寂しいなあ鮮明に見える目玉は

                       佐佐木幸綱

  眼よりかく差し入りし春の陽身のいづくまでを明るませゐむ

                        古谷智子

  眼(まみ)ふかくあなたはわたしに何を言ふとてもずつと長い夜のまへに

                        河野裕子

*眼(まみ): 通常は目見と表記し、物を見る目つき。まなざしを意味する。

 

  肉眼でみられるために近づいてくるのは箒星だけにはあらず

                        高瀬一誌

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はまち

身体の部分を詠むー目(7/9)

  おとろふる眼(まなこ)をとぢて佇つ樹(こ)したさくらは燃ゆるほのほのおとす

                       上田三四二

*下句の桜が燃える炎の音が聞こえる、とはなんとも独特!

 

  なほ言へとうながす眼(まなこ)にむかひあふ二つプランを言ひ終へしいま

                         篠 弘

  焼却炉にとろり溶けしはわれの目かこの先何も見えざるはよし

                        西潟弘子

*焼却炉に入れたのは魚だったのだろう。

 

  疲れたるまなこに指を当ておれば骨となる日の眼窩のかたち

                        稲垣道子

  工事場の穴の深みを覗きこむときの眼は眼(まなこ)らしくあり

                        今井恵子

  どのまなこもいきものらのまなこはまんまるで焚かれる牛の背中を見守る

                        佐藤信

*焚かれる牛を見守っているのは、人間とほかの動物たちのようだ。

 

  言葉持たぬ日のふたり子は黒き眼にただひるがえる海を吸いたり

                        佐伯裕子

  オカリナはまなこを閉ぢて聞くものかひたひた満つるわが涙壺

                        中野冴子

*オカリナ(ocarina)という名称は、イタリア語で「小さなガチョウ」を意味する。日本では、涙滴状のオカリナが一般的。

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オカリナ

身体の部分を詠むー目(6/9)

  畳の上にごろりころんで眼をつぶる下界遮断の手段(てだて)とばかり

                        筏井嘉一

  目のかぎり展く起伏に人住みてそのことごとく地番を享けをり

                        小野茂

  朝早きニュースに告ぐる気圧配置かかる俯瞰の眼を誰が持つ

                        小野茂

*人間の眼には見えない科学的計測の結果が気圧配置として図案化して表示される。

 

  黄のガラス透きて向うをゆくかげの歪むとき茶房の奥のわれの眼

                        吉野昌夫

  吾子の目がフリイジアのごと憫笑す手を引きてゆく日のすぎたれば

                        前川 緑

*子供が小さい頃は、手を引いて歩いていたのに、その子が大きくなれば、もはや手を引くことはない。その寂しさを子供が察知しているようだ。

フリイジアの花言葉は、色によって異なる。白はあどけなさ、黄は無邪気、赤は純潔、はあこがれ、淡紫は感受性を表す。

 

  気負いつつもの言う人の眼を見れば言葉はかなし言葉は恐ろし

                        橋本喜典

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フリイジア

身体の部分を詠むー目(5/9)

  むらがりてたゆたふ鷗窓に見え今日も朝より眼は充血す

                        近藤芳美

  口荒く出でゆく夫よあはれ背にわれの憎悪の目を貼りつけて

                       中城ふみ子

*夫たる者、十分に承知しておくことが肝要! というまでもないか。

 

  両の眼の盲(し)ひるくらやみいかなれば子は父よりも罪ふかしとぞ

                        前登志夫

  いたむ目に冷たき指をあてて思ふいひわけはきかれぬかもしれぬ

                       石川不二子

  病む吾子に年祝(ほ)ぎの箸をもたしめてまなこぬれゆくわれも吾妻も

                        木俣 修

  校正につかれたる目をいたはると目とぢつつ聞く渓の水(み)の音(と)を

                       佐佐木信綱

  瞑目しふいに瞠(みひ)らく若き眼に射すくめられきわれも女艶歌師(アルメ)も

                       春日井 建

  右の眼は顔も見えずという妻に立ち居の手をばとる日もあらん

                       窪田章一郎

*夫婦ともなれば当然のことだが、愛情の発揮どころであろう。

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女艶歌師(WEBから)

身体の部分を詠むー目(4/9)

  をさなごの眼の見えそむる冬にして天(あめ)あをき日をわが涙垂(た)る

                       前川佐美雄

  片ときも心しづまらぬわが身にて昼すぎ水の中に眼を開(あ)く

                       前川佐美雄

  埴輪の目もちて語れる人と人 砂丘(をか)円くめぐれる中

                        葛原妙子

和辻哲郎に「人物埴輪の眼」という随筆がある。埴輪の眼には、顔面に生気を与え、埴輪人形全体を生き生きとさせる働きがある、と指摘している。

 

  あきらかにものをみむとしまづあきらかに目を閉ざしたり

                        葛原妙子

  壕(がう)の中に坐(ざ)せしめて撃ちし朱占匪(しゅせんぴ)は哀願もせず眼を

  あきしまま                 渡辺直己

*作者は、昭和12年日中戦争に応召し、河北省天津市山東省済南市、湖北省漢口に転戦したが、昭和14年天津市にて洪水により死亡、31歳であった。この歌は、自身の体験ではないようだ。

 

  白きうさぎ雪の山より出でて来て殺されたれば眼を開き居り

                        斎藤 史

*殺された動物は、大体が眼を開いているのではないか。

 

  借金をかへすひたぶるを虚しと言ふ虚しと聞きて眼をしばたたく

                        山本友一

*ひたぶる: いちずなさま。

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埴輪

身体の部分を詠むー目(3/9)

  いや高くあがりゆく雲雀(ひばり)眼はなさず君の見ればわれはその目を見るも

                        川田 順

  こころみに眼とぢみたまへ春の日は四方に落つる心地せられむ

                        前田夕暮

  海底(うなぞこ)に眼のなき魚(うを)の棲(す)むといふ眼の無き魚の悲しかりけり

                        若山牧水

  わが目のなかに小さき指をつきこみて柔らかに児の撫でむとすなり

                       五島美代子

  左の目亡き子を泣けど右の目は生ける子一人まだ見るものを

                       五島美代子

*亡き子: 東京大学文学部在学中に自死した長女ひとみのこと。

 

  眼も鼻も潰(つひ)え失せたる身の果にしみつきて鳴くはなにの虫ぞも

                        明石海人

*周知のように明石海人は、25歳でハンセン病を発症。病は、失明、喉頭狭窄による気管切開と確実に死に向かって進んだ。37年の生涯であった。

 

  昼の床に眼(まなこ)をとぢて落着けどなほ鎚(つち)の音の忘れかねつつ

                        松倉米吉

 

[註]何度かコメントしているが、シリーズに添付している参考画像は、WEBから借用。サイズ上の制約から、トリミングしたり縮小したりしている。関連の短歌を鑑賞する際に参考になればよいのだが。

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雲雀