鳥のうた(10/12)
ゆふぐれの鳥さけびつつ生きてゆく途上の孤独まぎれもあらず
柴 英美子
くちばしに鳥の無念の汚れゐて砂上に肺腑のごとき実こぼす
小中英之
まどろめる沼に降り立つ白き鳥スカーフ一枚ほどの軽さに
鈴木美江子
*上句の情景描写が不可解。まどろむ、降り立つ は別々の鳥か。
鳥のため樹は立つことを選びしと野はわれに告ぐ風のまにまに
大塚寅彦
昼されば消ゆべき峡の新雪にひとすぢ続く鳥のあしあと
内田民之
*昼されば: 昼になれば、の意味。
みづからのこゑを運びて鳥はとぶメタセコイアのぬれし林に
小池 光
*メタセコイア: 和名はアケボノスギ(曙杉)、イチイヒノキ。樹高は生長すると高さ25-30 m、直径1.5 mになる。
飛び立ちし鳥の重みに弾かれて小枝はしばし揺れ止まずあり
間 瑞枝
鳥のうた(9/12)
薄にごる気圏をよぎる鳥のむれこぼせる声は土にとどかず
押山千恵子
* 気圏: 地球の大気が存在する高度一〇〇〇キロメートルくらいまで範囲。
暮れあしを早める鳥の影は増しいちもくさんの森のふところ
村山美恵子
*いちもくさん: 一目散(わき目もふらずに目的地まで行くようす)
ひと目見る意の「一目」と、漢語の「逸散(いっさん)」そして、わき見をしない意の「一目不散(いちもくふさん)」から成ったとの説あり。
朝庭に羽瑠璃色の鳥来たるただそれだけを告げたきものを
秋山周子
やすらぎのなきことを地に庇いあい鳥はひろげる大雨覆(おおあめおおい)
*雨覆(あまおおい)は風切羽の基部をおおっている羽毛で,翼上面の上雨覆と下面の下雨覆との区別があり,上雨覆は初列雨覆,大雨覆,中雨覆,小雨覆に分けられる。
貧しかることば尽くして詠はむに木末(こぬれ)の鳥に「虚(きよ)虚(きよ)」と
鳴かるる 羽生田俊子
ひと一人過ぎたる家に冬日さし野の鳥は来る去年(こぞ)の水場に
山本かね子
日日のくりかへしのなか心臓のつと止まるとき鳥なども墜つ
森岡貞香
鳥のうた(8/12)
水銀灯ひとつひとつに一羽ずつ鳥が眠っている夜明け前
穂村 弘
*水銀灯: ガラス管内の水銀蒸気中のアーク放電により発生する光放射を利用した光源。代表的な使用法として街灯や体育館、ガソリンスタンドなどの照明器具に使用されることが多い(辞典より)
首伸べてひたすら北へ飛ぶ鳥ら一途なるものの危うさ持ちて
黒住嘉輝
雨の夜を身じろぐ鳥の体内に果実の種がほのかあかるむ
柏崎駿二
鳥の目はまどかなれどもものいはずくいくいと見て見ぬふりをする
今野寿美
しののめの薄くれなゐにほのぼのと鳥が鳥呼ぶこゑ柔らかし
武下奈々子
*しののめ: 東雲と書き、「夜明けの空が東方から徐々に明るんでゆく頃」を意味する古語・雅語である。
夕明かる空の洞に風うごき見えざる鳥のほうほうと鳴く
上田一成
耿(かう)として鳥わたりけり大ぞらの冷えゆく季(とき)は茸(くさびら)の季
高瀬一誌
*耿(かう)として: 明るい様子。 茸: きのこ。
鳥のうた(7/12)
鳥はいやしき同情者たることなけれ人なぐさめてゐるわがあはれ
三井ゆき
きららかについばむ鳥の去りしあと長くかかりて水はしづまる
大西民子
*ついばむ鳥と水との関係が分からないが、見たままの情景を詠んだのだろう。
真っ黒な卵を一個産みにしが卵も鳥もゆきがた知れぬ
大西民子
しばしばも鳥はめつむる血肉とならざる砂を砂嚢につめて
緒方美恵子
取りつく樹定めし鳥が空中に羽根の力を抜くかたち見ゆ
花山多佳子
日もすがら穂絮(ほわた)を抱(いだ)く野の鳥のありとし聞かば寄らましものを
内田紀滿
*日もすがら: 朝から晩まで。一日じゅう。
おとうとよ忘るるなかれ天翔ける鳥たちおもき内臓もつを
伊藤一彦
ひそやかにあきらかに空渡りゆく鳥の羽音の地には落ちこず
伊藤一彦
鳥のうた(6/12)
空わたる鳥に肺癌ありやなしや聞くべくもなきあかつきの声
前川佐美雄
夜を翔ぶ鳥のむれありそのこゑの痩せたる風土に沁みとほるなり
轟 太市
まさびしきことなからむに羽毛ふかくくちばし埋めて鳥のねむるよ
穴澤芳江
遂げよとて空のまほらを行く鳥は小さく赤き日に入りゆけり
河野愛子
*まほら: すばらしい場所。まほらま。まほろば。
いのち持つ一つ鳥なり荒海のしぶきをからく逃れつつ飛ぶ
田谷 鋭
*からく: やっと、かろうじて。
水界の峠は越えよ舞ふ白きひとひらの身のかなしくば、鳥
成瀬 有
*水界: 地球上の表面の水によって占められている部分あるいは水と陸との境界。
豆畑の白きを越えてゆく鳥のくらき韻きはただよひ始む
鳥のうた(5/12)
おなじ速さに円を描きてゐる鳥よかかるかたちの孤独もあらむ
谷井美恵子
*なんとも独特な感性!、面白い比喩!。
くらみくるまなこに凝りてかなしきは山越えてゆく真白羽の鳥
*上句は、自分のまなこの状態を指しているのだろう。
わが胸郭鳥のかたちの穴もてり病めばある日を空青かりき
わが撃ちし鳥は拾わで帰るなりもはや飛ばざるものは妬まぬ
撃たれたる小鳥かへりてくるための草地ありわが頭蓋のなかに
悲しめるひとおきて来し山の夜に鳴く鳥が音はわが心責む
五味保義
*上句の情景を想像するとなんとも悲しい。
鳥の胸とあかきトマトを食べをはる曇れる街の地平は見えつつ
葛原妙子