天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2017-09-01から1ヶ月間の記事一覧

鳰と狼(6/11)

句風比較 この章では、同じテーマ・題材に関して詠んだ二人の句風の違いをみてゆく。全般的には、澄雄の文語正調有季旧仮名遣い、兜太の変則文語破調無季あり変則新仮名遣い、ということになる。兜太の場合、口語句も多く、促音は大文字にする新仮名遣い で…

鳰と狼(5/11)

兜太は幼少年期を育った山国秩父を「産土」と思い定めてきた。そこには昔、ニホンオオカミがたくさんいた。明治の半ば頃に絶滅したと伝えられているが、一九九六年十月、秩父市浦山の林道で目撃され写真も撮られて、真偽のほどが話題になった。今も生きてい…

鳰と狼(4/11)

俳諧の先人に学ぶ場合に、澄雄は芭蕉に、兜太は一茶に傾倒した。ふたりが生涯を通じて拘った土地にも違いがある。澄雄は芭蕉ゆかりの近江への思い入れが強く、兜太は産土の秩父を心情の根源においた。両者を象徴的に表現するなら、鳰(鳰の海は琵琶湖の別称…

鳰と狼(3/11)

それぞれの道 大戦終結後すぐに発表されたフランス文学研究者・桑原武夫の「第二芸術論」(『世界』昭和二一年一一月号、「第二芸術―現代俳句について」)は、戦線から帰国して俳句を本格的に始めようとする澄雄や兜太には、少なからぬ影響を与えたはずであ…

鳰と狼(2/11)

類似点 森澄雄と金子兜太(以下、本文ではそれぞれ澄雄、兜太と記す)の類似点を経歴面から見てゆく。 一 生年: 二人とも大正八(一九一九)年に生れた。澄雄は二月二八日、兜太が九月二三日である。なお、澄雄は平成二二(二0一0)年八月に、九一歳で亡…

鳰と狼(1/11)

(注)鳰は「にお」と読む。カイツブリのこと。 はじめに 太平洋戦争後の俳句の行方は、大きく分けて二つの方向がある。派で言うなら伝統派と前衛派である。ここではそれぞれの代表者として、森澄雄と金子兜太を取りあげる。経歴から見ると類似点がきわめて…

コミック短歌(12/12)

あとがき 文語短歌が、晴の場面に適する、雄大な自然を格調高く詠いあげる、高邁な志を熱く詠う、漢語・漢字がなじみやすい といった特長を持つことに対して、口語短歌には、以下のような特徴がある。褻の場面に適する。〈私〉にまつわる日常の感情、考えを…

コミック短歌(11/12)

■口語がよく似合うペーソス感の溢れた歌。 ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に 落ちる涙は 『シンジケート』 なきながら跳んだ海豚はまっ青な空に頭突きをくらわすつもり お遊戯がおぼえられない君のため瞬くだけでいい星の役 『ドライドライアイス…

コミック短歌(10/12)

■本歌取り。歌集『シンジケート』から。 口語短歌においては、CMのキャッチコピーやコミックのギャグがしばしば引用される。 ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんの はじまり 桟橋で愛し合ってもかまわないがんこな汚れにザブがあるか…

コミック短歌(9/12)

コミック短歌として 以下では、穂村弘の歌に限って、その特徴を別の観点から分析しよう。穂村の履歴には、絵本の翻訳や童話制作などがあり、それが彼の短歌の内容に反映している。特徴を要約して、大人の童話風短歌あるいはコミック短歌と称したい。 ■一首の…

コミック短歌(8/12)

■全体が散文になってしまう場合 はじめに塚本の例から。 殺青、六月二十九日は瀧廉太郎忌、それより政田岑生忌 「殺青、六月↑二十九日は↑瀧廉太↑郎忌、それより↑政田岑生忌」このように人名の瀧廉太郎を割るのは無理。三句四句を「瀧廉太郎忌、↑それより」と…

コミック短歌(7/12)

■次は、下句の破調について。 上句は、五七五あるいは六七五の例をあげる。四句あるいは結句の増音は、短歌のリズムにさほど大きな影響を与えないので、以下では、専ら減音の場合に焦点を当てる。穂村の例は、歌集『シンジケート』から。 新品の目覚めふたり…

コミック短歌(6/12)

以下に穂村と塚本に共通の具体例をあげる。分析における句切の箇所を「↑」印で示す。 ■上句の破調について。 下句は七七あるいは七八の場合を例にとる。穂村の例は、『手紙魔まみ・夏の引越し』から。 その先はドーナッツ、その先はドーナッツ、虫歯のひとは…

コミック短歌(5/12)

塚本邦雄と穂村弘 変容の傾向を見るために、文語短歌の代表として塚本邦雄を、口語短歌の代表として穂村弘を取りあげ、各々の作品の構造を調べることにしよう。 小池光の「リズム考」の観点(仮称「増音減音の法則」)から、穂村弘の三歌集『シンジケート』…

コミック短歌(4/12)

変容のきっかけ 短歌定型には、感動の画一化、自己肯定からくる批判精神の希薄化という陥穽がある。すでに大正から昭和にかけて釈迢空が、短歌の抒情性に疑問を抱き、叙事詩に展開しようとした。句読点の導入や多行書きがそれである。迢空自身は、「歌の円寂…

コミック短歌(3/12)

破調の度合い 五七五七七の韻律の崩れの度合い(熔融度)を定量化することが要請される。微妙な韻律を検討するに当たり、ここでは、小池光の考え方を採用する。具体的分析については、彼の「リズム考」(『街角の事物たち』平成三年一月刊、五柳書院)並びに…

コミック短歌(2/12)

歌芯について 短歌の核心のことである。次のような要素から成り立っている。 ?五七五七七の韻律、?抒情性(措辞、歌語、歌枕)、?伝統的技法(枕詞、序詞、掛詞、本歌取りなど) これらの芯が稀薄になるあるいは変容する現象を歌芯熔融あるいは液状化と呼び…

コミック短歌(1/12)

まえがき 近代以降、短歌を革新しようとする意欲は持続している。韻律を保ちつつ表記に工夫をこらす方法は、明治期の石川啄木や土岐善麿の三行書き、また土岐善麿のローマ字表記などあり、昭和期には釈迢空による句読点の導入や多行書きがあった。そして思い…

海のうた(12)

一首目:江ノ島電鉄は明治33年に設立された。当初は、片瀬(江ノ島)と藤沢間を走っていたが、明治43年には鎌倉までを開業した。 四首目:竜骨は、船底の中心を船首から船尾へ貫く主要部材で、船の背骨となるもの。 すぐそこに海、軒先をかすめゆく江ノ島電…

海のうた(11)

五首目の上句が分る人は、現在どれくらいいるだろうか。地面と平行にハンドルからサドルまで一直線のパイプが通っている自転車は、横から眺めると構造材が三角形をしている。背の低い子供では、サドルに座ることはできないので、この三角形の空間に片足を通…

海のうた(10)

一首目、八重洲という地名は、ここに住んでいたオランダ人ヤン・ヨーステンの和名「耶楊子(やようす)」に由来するという。オランダ船リーフデ号に乗り込み、航海長であるイギリス人ウィリアム・アダムス(三浦按針)とともに1600年(慶長5年)関ヶ原の戦い…

短歌に詠む人名(7/7)

塚本や小池になると、人物名に偽名が登場するようになる。和歌の伝統を継いだ名前や実在の人物名を詠んだアララギ流短歌からの脱皮である。塚本の場合、彼の美意識に沿って名付けられた人物が詠まれるようになる。四郎太、花崎遼太、馬越周太、ねずきへゑ杜…

短歌に詠む人名(6/7)

藤原龍一郎は、芸能人(ロマンポルノ女優、お笑い芸人、歌手など)、プロレスラーやマンガの主人公を数多く詠んだ歌人として特異といえる。時流に乗って泡沫のごとく現れ話題になりやがて消えていった芸能人やプロレスラー。今となっては、若い世代がほとん…

短歌に詠む人名(5/7)

正岡子規の短歌革新に続く流れで特筆すべきは、異国情緒、西欧趣味の摂取である。北原白秋は、大正二年一月刊行の第一歌集『桐の花』で、西欧情緒を短歌に取り入れることに成功している。西欧の人名が入っている歌に、次の四首がある。 南風モウパッサンがを…

短歌に詠む人名(4/7)

江戸末期に良寛が詠んだ和歌には、良寛自身の名前が詠まれている。『良寛歌集』から。 良寛に辞世あるかと人問はば南無阿彌陀佛といふと答へよ このうちはおくりし人は誰びとぞ松の下いほ橘の巣守 君をわれ僅かの米ですんだらば両くはん坊と人はいふらむ最後…

短歌に詠む人名(3/7)

古典和歌が技法的にも最高レベルに達する古今集、新古今集の場合、伝説・神話の登場人物、地方や職業を代表する固有名詞あるいは擬人化名は出てくるが、特定できる具体的な人名は詠まれていない。古今集の例から。 龍田姫たむくる神のあればこそ 秋のこのは…

短歌に詠む人名(2/7)

こうした歴史的背景が和歌(長歌、旋頭歌、短歌など)に人名を詠むことを制約していた面があったはずである。古典から見て行こう。 和歌のもとになった記紀歌謡の場合は、神話の世界になる。大国主の神、阿治志貴(あぢしき)高日子根(たかひこね)の神、御…

短歌に詠む人名(1/7)

短歌に個人名を詠む意図や効果について考えてみたい。伝説上の人物や有名人の場合は個性・物語性を、無名人の場合は、作者との関わり、名前の珍しさあるいは音韻の効果などを詩に生かしたい、ということがあろう。 ところでわが国における個人の姓名は、どの…

花火のうた(4/4)

大会で打ち上げられる花火は、大がかりな仕掛け花火や打ち上げ花火だが、家庭の庭で子供たちと楽しむ線香花火やねずみ花火などの玩具花火もある。花火(煙火)の分類は、まことに複雑なので省略するが、その歴史は、ヨーロッパでは、14世紀のイタリア・フィ…

花火のうた(3/4)

2015年8月4日のブログで、熱海の花火を見たことを紹介したが、熱海海上花火大会は、昭和27年(1952年)にはじまった。夏だけではなく年間を通して10回以上も開催されている名物である。 爆ぜる音聞こえざるまま時置きて夜空彩る遠花火見ゆ 神作光一 光を呼び…