天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2018-05-01から1ヶ月間の記事一覧

湖のうた(4)

脱色されてゆく思慕もてばみづうみにしんしんと日があたるがかなし 生方たつゑ 白よもぎいろの夕べの湖にさはやかに脆(もろ)き波がたち合ふ 生方たつゑ みづうみの氷がひびもちて裂くる音をりをりにして春のくる音 生方たつゑ 漁火も消えて夜ふかきみづうみ…

湖のうた(3)

ものの音絶えたる闇ぞ氷(ひ)の湖(うみ)のひしひしといま身を 緊むる闇 武川忠一 轟然と湖(うみ)の氷の亀裂する地鳴りになにをよろえるわれぞ 武川忠一 くだけつつ岸辺に湖(うみ)の薄氷のきらめき蒼し朝光(かげ)の中 武川忠一 さらさらと澄みたる音に鳴り寄り…

湖のうた(2)

下弦の月おぼろに霞む湖見つつ透ける白魚生きながら食ふ 春日井 廣 目くるめく光と熱気たちこむる湖(うみ)にして幾千のフラミンゴの声 葛原 繁 みづうみに浮く氷塊が目の前にわれて新しき断面の青 佐藤志満 西日さす湖(うみ)の面(おもて)のしらむまで吹雪は…

湖のうた(1)

湖は古く「淡海」といったが、これは潮海に対する淡水の海の意味であった。「あふみのうみ」から「あふみ」「近江」と変わり、代表として琵琶湖を差す言葉になった。「鳰の海」も琵琶湖のことである。みづうみは単に「うみ」とも言った。以下の一首目、三首…

Shohei Ohtani(1)

日本時間5月23日から、大谷翔平のエンジェルスは、ブルージェイズとの三連戦にカナダのトロントに遠征することになった。トロントの次はニューヨークでヤンキースとの試合が待っている。大谷にとっては、MLBに入って初めての東部地区への遠征になる。…

アマリリス

このブログではこれまでに4回(2008-05-28,2010-06-27,2011-05-29,2012-07-07)取り上げている。我が家のアマリリスは、十年前に買った一株の球根が、今や五株以上に増える勢いである。ひとつの茎から3輪の花が咲く。花の色は白。花の色はわからないまま球…

松の根っこ(15/15)

オノマトペ オノマトペの句では、水枕ガバリの句が、現代俳句の中においても代表格であるが、これは先に取りあげたので省略する。 びびびびと死にゆく大蛾ジャズ起る 燐翅を震わせて蛾が死ぬ、そこにジャズの音が立ち上がる。現実にジャズは聞こえる必要はな…

松の根っこ(14/15)

取り合せ 三鬼俳句は総じて取り合せ(コラージュ)といってよいくらいであるが、ここであらためて特徴的なものを見ておく。 爪とぐ猫幹ひえびえと桜咲く 花咲く桜木の幹に猫が爪を当てて研いでいる。ひえびえと花が咲いている、という主観はありきたりだが、…

松の根っこ(13/15)

本歌取り・挨拶句 三鬼の俳句に山口誓子の影響が大きいことは、前衛歌人塚本邦雄が、『変身』の冒頭を過ぎた時期から、「夏の河」の面影さらに無く、こけおどしの瑣末趣味すら感じる、凡庸化した誓子作品に、プライドも自己主張も喪って、ひたすら帰依し始め…

松の根っこ(12/15)

吟行 少年を枝にとまらせ春待つ木 昭和三十六年、新宿御苑吟行の際の作。木に意志があって、枝に少年を座らせて春を待っているというイメージが秀逸。擬人法で見事に決まった。 流燈の夜も顔つけて印刻む 市川流燈会六句(昭和三十六年)の初めの句。老人ら…

松の根っこ(11/15)

隣人 算術の少年しのび泣けり夏 しのび泣けり夏、の語法と季語の効果、そして主人公が少年であること、が読者の胸をキュンと切なくさせる。この少年とは、長男・太郎七歳のこと。自分の長男を隣人の項に入れるのは不自然に見えるが、太郎十三歳の時、妻子を…

松の根っこ(10/15)

処女と老婆 白馬を少女瀆れて下りにけむ 無季俳句。この句について意味を詮索するのは、詩の世界から逸脱して下卑た話になりかねないので、三鬼自身の自注を引用するに留める。感覚的に、生の生々しさが感受できれば十分である。曰く、 「代々木乗馬会で作っ…

松の根っこ(9/15)

炎天と大旱 大旱やトラック砂利をしたたらす 仮に、砂利をこぼしゆく、として比べればこの句の凄まじさが見えてくる。したたらす、としたことで、読者はこぼれる砂利に、渇仰する水を幻視する。 炎天の犬捕り低く唄ひ出す 大陸と違って日本では、犬を食する…

松の根っこ(8/15)

寒と雷 寒は死を、雷は生命を連想させる。 寝がへれば骨の音する夜寒かな 骨の音する夜寒、に凄みがでた。俳句を始めた昭和八年、三十三歳、『走馬燈』に入選した二句のうちのひとつ。 寒明けぬ牲(にえ)の若者焼く煙 昭和二十七年、『天狼』三月号に掲載され…

松の根っこ(7/15)

赤と黒 俳句は季語がなくても、色で情感を出せることを立証しようとしているかの取組み様である。 雲黒し土くれつかみ鳴く雲雀 何よりも土くれをつかむ、という表現が優れており、黒雲を配することで、雲雀の必死なイメージを喚起させる。 黒人の掌(て)の桃…

松の根っこ(6/15)

枯野 三鬼は枯野の風景に大変惹かれたようであり、また彼の風貌が枯野によく似合う。「枯」が入っている句は『西東三鬼全句集』二七三五句中、二パーセント強あり、特に戦後数年間の作品に目立つ。 枯野の縁に熱きうどんを吹き啜る 枯野の縁、が奇妙・絶妙な…

松の根っこ(5/15)

病気 水枕ガバリと寒い海がある 初出は、がばり。「と」で転換、「がある」と断定したところが非凡。肺疾患で倒れ高熱にうなされていた。近くに大森海岸があった。周知のように、開眼の句と位置付けられている名句である。病気に関する三鬼の代表句は、この…

松の根っこ(4/15)

キリスト教 三鬼が俳句を始めた昭和十年前後は、新興俳句の勃興期であった。ミッションスクールの青山学院の出身であり、二十歳代の二年ほどをシンガポールで生活し、国際都市神戸に住んでいたこともあるコスモポリタンなので、キリスト教関係にも新興俳句の…

松の根っこ(3/15)

逆襲ノ女兵士ヲ狙ヒ撃テ 砲音に鳥獣魚介冷え曇る 銃火去り盲馬地平に吹かれ佇つ 一番目と三番目は、いかにも映画に出てきそうなストーリィであり記述なので、感心しないが、二番目は独自の感覚的把握で見所がある。三番目の初句は、京大俳句には、軍旗去り、…

松の根っこ(2/15)

感覚で掴む俳句 三鬼の俳句に対する考え方が現れている言葉を拾い上げると、次のようなものがある。 「私にはこういふ品のいい情緒俳句は苦手ですナ。よさが判らんですよ。」(星野立子の「時雨の句そらんじつつやゆく時雨」を、橋本多佳子が、いい句と褒め…

松の根っこ(1/15)

はじめに 西東三鬼終焉の地、葉山町堀内五六二番地を訪ねて森戸海岸かから仙元山へ向けて歩く 。逗子駅から海岸廻りのバスでは、元町で下車する。森戸川にかかる木ノ下橋の逗子側が堀内五六〇番地になっている。浄土宗長江山相福寺を探してゆけば、その横並…

鎌倉探訪―由比ガ浜

滑川河口の西側の海岸とその周辺を「由比ヶ浜」、東側を「材木座海岸」と称している。 鎌倉時代には激戦地であり裁判の結果の処刑場でもあった。静御前が産んだ源義経の男児は、頼朝の命によりこの浜に遺棄された。また源実朝は、渡宋を思い立ち、陳和卿に唐…

死を詠む(25)

死ぬるにも力がいると誰か言ひし生のきはみの測りがたしも 榎本美知子 死をとほきものと思はぬゆふまぐれ土手のさくらの遅速に気づく 田中滋子 柔らかく焼きましたよと言葉ありき死しても母は優しさに会ふ 阿部和子 死ののちにくぐるほかなきわが門(かど)を…

死を詠む(24)

母死にしかかるときにも飯を食み夜となれば眠るまたなく悲し 安立スハル 思ひがけぬやさしきことを吾に言ひし彼の人は死ぬ遠からず死ぬ 安立スハル 死について語るともなく語りつつ異なる桜観てゐる老姉妹 築地正子 死のまぎわを例えば断崖と思うときいつな…

死を詠む(23)

陸橋を揺り過ぐる夜の汽車幾つ死にたくもなく我の佇む 明石海人 死へむかふ空白(うつろ)の舟にただよへるゆめよりほかのわれを思へよ 山中智恵子 〈死〉の華のきらめきませば一本の呪木となりて血は駆けりいむ 児玉喜子 息つめてわれはおもへる鳥といへどさ…

鎌倉探訪―稲村ケ崎

稲村ケ崎は歴史上、新田義貞の鎌倉攻めで有名である。広場には、明治天皇の御製「新田義貞」の碑が立っている。 投げ入れし剣の光あらわれて千尋の海もくがとなりぬる また海側には「真白き富士の嶺(七里ヶ浜の哀歌)」で知られる開成中学ボート遭難の像が…

死を詠む(22)

死といふは他者の死つねにわが生を確かならしめて死こそ賑やか 岡井 隆 しらぬひ筑紫の国の私生活死のかげの射すま昼と思ふ 岡井 隆 月鞠(げつきふ)にはるか死を吸ふにほひありどこかで喪くし どこかで生(あ)るる 辰巳泰子 巧妙に仕組まれる場面おもわせてひ…

死を詠む(21)

死を宿し病むとも若さ大雪の朝の光を友は告げくる 春日井 建 死などなにほどのこともなし新秋の正装をして夕餐につく 春日井 建 愛は死と同心円とぞしかすがに日光月光ひとしくそそぐ 春日井 建 おそらくは死も安らけき闇ならむ ただ横臥(よこた)はり 一日(…

死を詠む(20)

いとこ死にまたいとこ死に真夜中の廊下廊下に歯をみがく音 渡辺松男 一のわれ死ぬとき万のわれが死に大むかしからああうろこ雲 渡辺松男 ひとの死ぬるは明るいことかもしれないと郭公が鳴く樹の天辺で 渡辺松男 さんさんと降る月光を雪ならむといえばよろこ…

死を詠む(19)

死は我の一生(ひとよ)の伴侶 ラッセ、ラッセ、ラッセ、ラッセと 跳人(はねと)踊る影 高野公彦 待つてゐる死の影あらむその影のかれから行かばこれから行かむ 高野公彦 死にたれば次の小鳥をすぐに飼ふこの世の秋のただに明るき 大橋智恵子 死なずともよくな…