天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2018-06-01から1ヶ月間の記事一覧

滝のうた(2/6)

滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞えけれ 千載集・藤原公任 雲きゆる那智の高嶺に月たけて光を貫(ぬ)ける滝の白糸 山家集・西行 やはらぐる光をふらし滝の糸のよるとも見えずやどる月影 拾遺愚草・藤原定家 今さらに我は帰らじ滝見つつよべ…

滝のうた(1/6)

2014年7月21日のブログ「和歌に詠まれた滝」他で、折に触れて滝の作品を取り上げたが、このシリーズでは、現代までを含めて短歌の場合をまとめてみた。 滝は奈良時代には「たぎ」と濁った。滝には、激流と垂水の二態がある。澪は滝水の流れるところ。 語源は…

歌集『朝涼』(4/4)

最後にこの歌集の作品を特徴づけている他の要因を考えてみたい。ひとつは短歌を奥ゆかしく感じさせる古典的語法である。現代語やカタカナの言葉に混じって古い言葉があると違和感よりも安心感がある。またユーモアのセンスも重要。家族の歌では、母や妻を詠…

歌集『朝涼』(3/4)

短歌は読んだ時の音・韻律といった聴覚の面に左右されるだけでなく、字づら・表記から受ける視覚効果にも大きく左右される。短歌というと大和言葉が中心になり、外来語やカタカナ言葉は少ない、という印象を持ちやすいが、この歌集では、現代短歌としても外…

歌集『朝涼』(2/4)

ここでは短歌を心地よく読ませる韻律の技法を作品例と共に紹介しよう。特徴的なのは、破調が大変多いことである。多くは一字余り程度であり、読んでいても気づかないか気にならない。。ただし歌集の終わりに近づくと、気づく破調が増える傾向がみられる。 そ…

歌集『朝涼』(1/4)

このたび丹波真人の第四歌集『朝涼』(ながらみ書房)を読む機会を得た。近年は短歌界に疎いので、丹波さんは初めて知った。略歴によると、1944年生まれ。コスモス短歌会に入会、宮柊二に師事したという。すでに『につぽにあ・につぽん』『桑年』『花顔…

富士のうた(5/5)

きさらぎの浅葱(あさぎ)の空に白雪を天垂(あまた) らしたり富士の高嶺は 吉野秀雄 富士が嶺は奇(くし)びの山か低山(ひきやま)の暮れ入る 時を赤富士と燃ゆ 吉野秀雄 軒端よりふりさけみれば富士のねはあまり俄にたてり けるかな 安藤野雁 白光を放ちて空に立…

富士のうた(4/5)

むらさきの夕かげふかき富士が嶺の直山膚(ひた やまはだ)をわがのぼり居り 古泉千樫 青潮の彼方にはろか富士が嶺のしろじろとして あらはれゐるも 前田夕暮 生きの日のかなしみをたへここにきて富士にむかへば 心澄みたり 前田夕暮 不二ケ嶺は七面(ななも)も…

富士のうた(3/5)

不士のねのふもとをいでて行く雲は足柄山の峰に かかれり 賀茂真淵 するがなる富士の高嶺はいかづちの音する雲の上に こそ見れ 賀茂真淵 心あてに見ししら雲は麓にておもはぬ空にはるる富士 のね 村田春海 一すぢの糸の白雪富士の嶺に残るが哀し水無月の天(…

富士のうた(2/5)

ふじのねの絶えぬおもひもある物をくゆるはつらき 心なりけり 大和物語・藤原実頼 ときしらぬ山は富士のねいつとてか鹿の子斑に雪の ふるらむ 新古今集・在原業平 ふじのねの煙もなほぞ立ちのぼる上なきものはおもひ なりけり 新古今集・藤原家隆 風になびく…

富士のうた(1/5)

富士山の語源については、いくつもの説がある。古い記録としては、『常陸国風土記』に見られる「福慈岳」、また『竹取物語』に不死の薬にかけた話が出ている。 山容が富士に似た山が各地にあり、郷土の富士として名前がついている。それらについては、すでに…

北鎌倉は紫陽花の時期

国道沿いに咲いている紫陽花を見て、久しぶりに北鎌倉の明月院(あじさい寺)を訪ねて見たくなった。ところが横須賀線に乗った時点から混んでいて、北鎌の駅に降りて明月院に向かう道も長蛇の列。とても行けそうにない。そこで東慶寺を訪ねて紫陽花、あやめ…

犬を詠う(12/12)

朝戸出の我を見上ぐる白犬の静かに夏の陽の中に老ゆ 吉村明美 柴犬とダックスフントが朝の出会ひ ジーパンの女二人が会釈 こぼれて 大久間喜一郎 舌長くスープの皿をなめまわすむく犬はまだ目を描かれず 川口常孝 室内に水ありしところ亡き犬はまたあらわれ…

犬を詠う(11/12)

犬居らずなりし犬小屋とほるたび犬のかたちの闇がみじろぐ 丹波真人 花の奥にさらに花在りわたくしの奥にわれ無く白犬棲むを 水原紫苑 好色な男であるよ這ひのぼる蔓先までを嗅ぎめぐる犬 上村典子 あるときはさみしい顔の犬が行くわたしのなかの夏草の径 小…

犬を詠う(10/12)

老いに添ひ信号待てる盲導犬上ぐる眼に秋の日澄めり 青木陽子 小便のいまだ乾かぬ塀なども犬連れし人は驚かざらむ 大島史洋 時間いま遅遅と進みて見通しの草地ドーベルマンが陽を浴ぶ 高嶋健一 坂の上雲の浮べる切り通し影濃くなりて犬ひとつ行く 岡部桂一郎…

犬を詠う(9/12)

あたし犬あたしの仲間は人間で犬の友達おりませんの 梅澤鳳舞 老夫婦の愛犬よいしよ穏やかに引かれてゆけり夕映えの道 山本かね子 心耐へてこの幾日をありにしか犬にもの言ふ今朝の子のこゑ 大河原マス美 わがつけし次郎といふ名のよく似合ふ犬の次郎が何せ…

犬を詠う(8/12)

表情を窺うごとき犬の貌今日は主人(あるじ)のわれからのぞく 石田比呂志 ぐずりいし犬もいつしか眠りたり泣き寝入りするは人間(ひと) のみならず 石田比呂志 玄関にいつも見送りくるる犬帰ってこんでいいと鳴くなり 石田比呂志 わづかなる獣の匂ひにあくがる…

犬を詠う(7/12)

しっぽにはしっぽの思想ありぬべし寝ている犬の尻尾が動く 沖ななも 黒犬に噛まるるわれの泣き笑い利鎌のような月が見ている 竹脇敬一郎 巨きなる睾丸は垂れハスキー犬楚楚たる少女にしたがひ往くも 島田修三 言ひ分のある面つきと見てをればこれの柴犬なみ…

犬を詠う(6/12)

犬はいつもはつらつとしてよろこびにからだふるはす凄き 生きもの 奥村晃作 顔中に毛の生(は)える犬をカワイイと幼(をさな)言ふああ そのしんじつの声 奥村晃作 イヌネコと蔑(なみ)して言ふがイヌネコは一切無所有の生を 完(まつた)うす 奥村晃作 吠えるぞと…

犬を詠う(5/12)

肉とししむらが打ちあえる音味わいており闘う犬に 阿木津 英 叱られておりたる犬が庭隅の闇に食器をずらす音する 村山千栄子 じたばた 廊下を犬がやって来て ドアを鼻で押しあける おや、こんにちは 前田 透 昨夜(よべ)の雨の車前草(おほばこ)の葉に溜りしを…

犬を詠う(4/12)

冬の犬コンクリートににじみたる血を舐めてをり陽を 浴びながら 寺山修司 老犬の血のなかにさえアフリカは目ざめつつあり おはよう、母よ 寺山修司 このシロがあと幾年を生くるやと餌を与へつつ嘆きゐる妻 原 三郎 日のくれに帰れる犬の身顫ひて遠き砂漠の砂…

犬を詠う(3/12)

犬は縁にわれは畳に寝そべりて暑きまひるをむかひてゐたる 安田章生 犬などにけだものの臭(にほ)ひ淡きこと互に長く親しみしかば 佐藤佐太郎 路地にゐる犬を怖れて進み得ぬまで年老いて衰へにけり 佐藤佐太郎 犬を憎み憎みて何も出来ぬ老犬はばかにして苗ふ…

犬を詠う(2/12)

雨に濡れ身をふるはする野良犬はみみずの這ふを 嗅ぎゐたりけり 岩田 正 自然との交歓は犬にまさるなし雨のあしたの土の 香を嗅ぐ 岩田 正 疵(きず)を舐めをはれる犬がしづかなる二つの耳を 天に向けたり 畑 和子 犬に踏まれ昨年花無かりしゆきのした犬失せ…

犬を詠う(1/12)

犬の歌(犬の歴史も)については2012年7月21日のブログでいくつか紹介したが、今年は戌年でもあるので、重複は除いてあらためて「犬を詠う」シリーズとして集めてみたい。 庭の外を白き犬ゆけり。 ふりむきて、 いぬを飼はむと妻にはかれる。 石川啄木 しつ…

鎌倉探訪―十二所

この地名の由来は、鎌倉にも勧請されていた鎮守熊野三山の「熊野十二所権現社」にある。もとは光触寺境内にあったが、現在は鎌倉霊園近くの十二所神社として残っている。 鎌倉時代、この地に大江広元邸や梶原景時屋敷があった。鶴岡八幡宮近くの幕府へ出勤す…

命を奪う

NHKテレビ「ノーナレ 京都 いのちの森」は、衝撃的であった。有害鳥獣のイノシシを罠に掛け、棒で殴って倒し、ナイフで刺殺する一部始終が映し出される。さらに腹を裂いて皮を剥ぎ肉を取り出す場面もある。けものとはいえ、命を奪うことの恐ろしさ、厳粛…

湖のうた(8)

満月の夜には甘き水となる湖をめぐりて走る列車は 長野華子 真つ直ぐに湖(うみ)へと下る梅林の道幅だけの春の湖見ゆ 上田喜朗 藍寝かす藍壺のごとくひそかなれ島影もなき冬のみづうみ 小山田信子 みづからの水に倦みたる湖が水を捨てむと立ち上がりたり 西村…

湖のうた(7)

氷の下にねむりてゐたるみづうみは烟れる雨に半眼開く 高嶋あき 秋日さす湖の渚に水を飲む鳩はさながら光をぞのむ 並河健蔵 夜の更けに醒めて聞きをり汚れたる湖(うみ)の哭く声 魚の哭く声 小西久二郎 湖をみてより青く濡れていく視界のなかの誰もかれもが …

湖のうた(6)

さすらへる湖(うみ)ありしとふ ひる睡るきみが涙湖(るいこ)の はるけさに似て 大塚寅彦 蒼々と水を湛ふる美和の湖(うみ)まこと静かに雪の降りしく 下平武治 テラスより独りし見れば鶸(ひわ)色の光溢るる山の湖 道浦母都子 形なき水をたたへてみづうみと呼ぶ…

湖のうた(5)

春めきし湖へ乗り出す舟のありふくよかの波を分けゆく舳先(へさき) 高安国世 湖(うみ)にわたすひとすじの橋はるけくて繊(ほそ)きしろがねの 韻(ひびき)とならん 高安国世 冴えざえと濡るる舗道の果(はて)にしてわが家はあり寒気湖 (かんきこ)の底 高安国世 …