天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2019-01-01から1年間の記事一覧

今年の五句十首

令和元年の大晦日にあたり、今年のわが俳句と短歌の成果を一部ながらご紹介して、思い出としたい。 銭洗ふ妻を見てをり初詣 たらの芽をてんぷらにしてラム酒かな 新元号「令和」ことほぐ花見酒 紫陽花のなだるる先に由比ヶ浜 墓じまひ決断迫る蝉のこゑ 百年…

憂い・鬱(3/3)

対岸の鬱をささうる一本のかがやける樹をわれは買いたし 香川 進*具体的な樹の名前は分からなくても、作者の心情は分かる気がする、 たをやかに蔓薔薇の黄はあふれきぬ寒き立夏のわが鬱をこえて 西田泰枝 西空に茜さすころ鬱まとふおのれ引き立て水買ひにゆ…

憂い・鬱(2/3)

古へも人の憂ひはつまびらかに伝ふならずとひとり思へり 吉田正俊 東京の街のうれひの流るるや隅田の川は灰色に行く 岡本かの子*隅田川の灰色の川面と東京の街の憂いは素直につながる。 いつまでも心熟れずて年々に憂ひを置きにくる山の宿 竹村紀年子*山の…

憂い・鬱(1/3)

[注]「千鳥のうた」はすでに掲載済みでしたので、削除しました。失礼しました。 「憂い」は、物事が意のままにならないのを嘆き厭う心情である。心配、不安、憂鬱など心の晴れない状態を意味する。形容詞の「憂し」は、いとわしい、不愉快、つらい、みじめ…

楽器を詠むーその他

[ヴァイオリン]ヴァイオリンが登場したのは16世紀初頭という。 諧調を求むるこころ夜更けてヴァイオリンの絃(いと)引き締めてゆく 大西民子 バイオリンを顎で押さへて弾く見れば演奏は濃き愛撫に似たり 高野公彦 [ギター]スペイン起源の楽器と言われ、16…

楽器を詠むーピアノ

ハープシコードが弦を引っかいて音を出すのに対して、ピアノは弦をハンマーで叩いて音を出す。ピアノは音域が広く、独奏楽器としてはもちろん、伴奏、合奏のいずれにも高い能力をもつ。 ピアノの音(ね)澄みて高まりゆくときに菜種咲く野をわれは思へり 柴生…

楽器を詠むー三味線

三味線は、胴の部分に猫か犬の皮を張って、棹の部分に三本の弦を張った代表的和楽器。太棹は義太夫、中棹は地歌・常磐津・清元、細棹は長唄・小唄 に用いられる。 松楓昼しづかなる庭の奥にこは清元の三味のね聞ゆ 正岡子規*清元(節)は、三味線音楽のひと…

楽器を詠むー琵琶

琵琶は、奈良時代にインド・西域・中国を経て我が国に輸入された。古くは「よつの緒」とも言った。普通は四弦。平家琵琶、薩摩琵琶、筑前琵琶 など。 流れくるほどのしづくに琵琶の音をひきあはせてもぬるる袖かな 源 俊頼*悲嘆に暮れている情景。源俊頼は…

楽器を詠むー鼓(つづみ)

律令時代には陰陽寮の漏刻を使って時を計り、時守が鼓(つづみ)・鐘をならして時刻を知らせた。平安時代末期以降、太鼓の片面だけを手で鳴らす楽器として小鼓が使われるようになった。 時(とき)守(もり)の打ち鳴(な)す鼓数(よ)み見れば時にはなりぬ逢はなく…

楽器を詠むー太鼓

太鼓は、奈良時代に雅楽と共に渡来した。空胴の片側か両側に革を張りバチで叩きならす。 この寺の時の太鼓は磯の浪おきしだいにぞ打つといふなる 足利義輝*「磯の浪」は、「おき(沖)」を導く序詞。そして「おきしだい」は「起きしだい」を意味する。 小夜…

楽器を詠むー琴(3/3)

悲しとてわれと断ち得ぬ琴の緒のかぼそきだにも惜しきいのちや 相馬御風*われと: 自分から進んで。みずから。 箜篌(くご)の音(ね)を聞くと夢みし常盤樹(ときはぎ)のこの林にか君おはすべき 平野万里*箜篌: 東洋の弦楽器の一つで、琴に似た臥(ふせ)箜篌、…

楽器を詠むー琴(2/3)

亡き人は音づれもせで琴の緒をたちし月日ぞかへり来にける 後拾遺集・藤原道綱*「琴を弾いても、亡き人は戻ってくることはないのに、琴の弦を断ったその命日が再び巡ってきました。」 琴の音は月の影にもかよへばや空にしらべの澄みのぼるらむ 金葉集・内大…

楽器を詠むー琴(1/3)

琴は古来、東洋の弦楽器の総称であった。平安時代は、琴・筝・琵琶・箜篌などそれぞれに呼称した。 言(こと)問(と)はぬ樹にはありともうるはしき君が手馴れの琴にしあるべし 万葉集・大伴旅人*大伴旅人が奈良の都の藤原房前に琴を献上したときに添えて贈っ…

楽器を詠むー笛(3/3)

笛太鼓背にし聞きつつ限りなくとほき別れのごとき思ひぞ 島田修二*府笛や太鼓の音を背の後ろに聞くときは、まさにこのような思いをするであろう。よくわかる。 ひとよぎり一節(ひとよ)切(ぎり)とぞ歌ひ来て冬の木賊がまたも伸びゆく 安永蕗子*一節切: 尺…

楽器を詠むー笛(2/3)

笛ふきて踊り出づべきものならば笛ふかずともをどりをどらむ 尾山篤二郎*故事「笛吹けど踊らず」を捻っているようだ。この故事は、あれこれと手を尽くして準備をしても、それに応じようとする人がいないというたとえで、『新約聖書・マタイ伝・十一章』に基…

楽器を詠むー笛(1/3)

楽器には、おおまかに管楽器、弦楽器、打楽器 があるが、このシリーズでは、それぞれの代表的な楽器について、どのように歌に詠まれたかをみてゆく。ちなみに和歌・短歌を通じて多く詠まれた楽器は、笛と琴であった。先ず笛の歌をとりあげる。笛は竹で作った…

俣野別邸庭園の紅葉

一昨年にもご紹介したが、今年も園内の見事な紅葉を見ることができた。もともとこの別邸は昭和14年に当時の住友家当主であった16代住友吉左衞門が佐藤秀三に発注した住宅で、和洋と現代建築が融合し折衷した建築物であった。主屋棟、南棟、事務棟の3棟が、Y…

「古志」令和元年十二月号から(3/3)

決壊や秋を埋める泥の海 長谷川櫂*まさしく令和元年の秋に台風15号や19号が来て各地の河川が決壊、家もたんぼも道路も泥の海と化した。優雅な秋の風情などなくなってしまった。 秋風のひとりを降ろす扉かな イーブン美奈子*乗り物からドアを開けて、ひとり…

「古志」令和元年十二月号から(2/3)

この夏は天の川辺も暑からん 坂本初男 大鯰下げてのつしと白絣 喜田りえこ 舟虫の訪ねて来たる朝湯かな 田村史生*海岸縁の温泉宿に泊まって朝湯に浸っている情景。 鳴きながらもらはれてゆく籠の虫 斎藤真知子*籠の虫が鳴くのは、気分が良いからであろう。…

「古志」令和元年十二月号から(1/3)

このところ俳句作品から離れていたので、今後は毎月結社誌「古志」に掲載された作品から筆者の好みで選んでいくつかについて鑑賞してみようと思う。 無限なる青より竹を伐り出し来 大谷弘至*「無限なる青」をどう解釈するか。鬱蒼と生い茂った竹林かそれと…

小池光の短歌―ユーモア(26/26)

◆同音異語(同音の別文字に転化) さなきだに壁蝨(だに)に蛹(さなぎ)はあるものか闇の障子をわが打ち破る 『日々の思い出』 「おい止まれ、どこへ行く」「ちと浅草へ」春はあけぼのSuicaは 誰何(すいか) 『滴滴集』 敷物のうへに落ちたる墨汁の乾坤一滴はみ…

小池光の短歌―ユーモア(25/26)

◆話言葉、卑俗な言葉 そんだからおまへはダメだつてんだよ、となどいひながら赤ママチャリに 『静物』 相当に大きなる鳥が十数羽おしだまり居り道のべの木に 「おい止まれ、どこへ行く」「ちと浅草へ」春はあけぼのSuicaは 誰何(すいか) 『滴滴集』 夏蜜柑線…

小池光の短歌―ユーモア(24/26)

◆漢字の読み方を変える*読者におどろきを与え、納得させて笑わせる。 日の恋しき頃となりつつおほははが赤(あか)毛布(げつと)と言ひし赤毛布かな 『日々の思い出』 ハチマキにエンピツ挿しし知(とも)晴(はる)が牛(ぎう)となりをりここの牛舎に 『草の庭』 …

小池光の短歌―ユーモア(23/26)

◆表記 *通常は漢字で表記する言葉が、ひらがなやカタカナで書かれていると、読者は びっくりして立ち止まり、ユーモアを感じてなるほどと納得する。謎解き効果も ある。 壺的なうつはより箸にとりあげてほのぼのしろきうどんを啜る 『草の庭』 どろの舟ちん…

小池光の短歌―ユーモア(22/26)

◆比喩*意外なとり合わせがポイント 炎昼の鬼ゆりをうつ黒揚羽阿鼻叫喚のごときしづけさ 『廃駅』 ひつそりと生馬のやうな夕闇がゐたりポストのうしろ覗けば 札びらを数ふる如く書き上げし原稿紙数を数ふるあはれ 『日々の思い出』 真昼間の寝台ゆ深く手を垂…

小池光の短歌―ユーモア(21/26)

◆擬人法*無生物や人間以外のものが身近に感じられる効果 ひつそりと生馬のやうな夕闇がゐたりポストのうしろ覗けば 『廃駅』 つやつやと出でたる種三(み)つぶ干し柿の身のうちにしてやしなはれ来ぬ 『日々の思い出』 あぢさゐのつゆの葉かげに瓦斯ボンベこ…

小池光の短歌―ユーモア(20/26)

◆過剰に丁寧・厳かな言い方、哲学的もの言い、言葉の珍しい組み合わせ、造語 遠くよりみれば麦生にさやりなむばかり垂れたり高圧線は 『静物』 かんがへるをりふしの時えんぴつを耳に挟みまた鼻の下にもはさむ いつしかも森銑三などよみはじめ中年の鞄のくた…

小池光の短歌―ユーモア(19/26)

◆当たり前のことをあるいは当たり前のことのように正確に詠む。 しまつたと思ひし時に扉(とびら)閉まりわが忘れたる傘、網棚に見ゆ 『日々の思い出』 佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず 束ねたる鳥の羽根もてくるまをはらひふ…

小池光の短歌―ユーモア(18/26)

◆把握・認識の仕方 2/2 たちまちに椈(ぶな)の大樹を布にまくたくみのわざを驚いてよい 『滴滴集』 ラーメンの喜多方をふかく意識する餃子宇都宮思へば泣かゆ 『時のめぐりに』 馬の名の「チカテツ」にわれおどろけば「ヒコーキグモ」に更に驚く 目と目とが合…

小池光の短歌―ユーモア(17/26)

◆把握・認識の仕方 1/2 縞馬の尻の穴より全方位に縞湧き出づるうるはしきかな 『廃駅』 しろたへの生クリームは漲りてココアの熱きおもてを閉す 『日々の思い出』 わけのわからぬ物質潜む小枕に大事なあたまをのせてぞ冷やす ビニールに鰯を入れて下げて来ぬ…