天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2019-11-01から1ヶ月間の記事一覧

小池光の短歌―ユーモア(16/26)

◆主体のとり方(体の部分、人間以外)2/2 生まれてよりつひに笑はぬまま終る東土竜(あづまもぐら)の完全なるいのち 『思川の岸辺』 たくさんの糞出でて興奮をしたる猫叫びながらに家内(やうち)すつ飛ぶ 引つ掻かれ血だらけとなりしわが指は明日の朝にはなほ…

小池光の短歌―ユーモア(15/26)

◆主体のとり方(体の部分、人間以外)1/2 蜂蜜のこごりを溶かす湯気に濡れこの夜半の鼻、もつとも愚か 『廃駅』 夕暮るるあめの一日や革靴の量(かさ)のふくるるその中の足 『日々の思い出』 いちめんに椿の花が落ちてゐて来りし犬は憂ひをかんず 豆腐屋のま…

小池光の短歌―ユーモア(14/26)

◆「われ」の描写(客観視・見立て)4/4 すがすがとわれは居るべし雪ふる夜(よる)再婚話のひとつとてなく 『梨の花』 「屋台風焼きそば」昼に食ひたれば腹はふくれてとりとめもなし 老眼鏡かけて週刊文春のマンガ立ち読みす益田ミリの 一度のみ食ひしことあり…

小池光の短歌―ユーモア(13/26)

◆「われ」の描写(客観視・見立て)3/4 息つめて引き抜きにけりしろがねのかがやきもてる鼻毛いつぽん 『梨の花』 部分義歯の装填をしてわがからだ冬晴れの中をあゆまむとする 久しぶりにぱちんこすれどわづかなる高揚もすでになくなりてをり 焼とん屋に「こ…

小池光の短歌―ユーモア(12/26)

◆「われ」の描写(客観視・見立て)2/4 加須(かそ)の次ぎ久喜(くき)にとまれる急行にわれとあたまの毛帽子と乗る 『思川の岸辺』 四十九個の疣(いぼ)の一つをわれ押してはなれたところのテレビを消しつ メイラックス一時間後に効いてきてわれはしづかな夕べ…

小池光の短歌―ユーモア(11/26)

◆「われ」の描写(客観視・見立て)1/4 うしみつのころほひちかく菖蒲湯に愚者われうかぶ帽子かむりて 『廃駅』 つぼみ張り巡らして立つくらやみの桜のもとへ半身行かす 人民帽ふかくかむりし一人のわれが夜の鏡のまへに来てをり 『日々の思い出』 さなきだ…

小池光の短歌―ユーモア(10/26)

◆とり合わせ(飛躍、強引、似通った押韻の異なる言葉の取り合わせ、雅と俗の落差) 怒らむとして息きれしこの肉のはかなあふるる湯には柚子の香 『バルサの翼』 熱湯の真上アスパラを解き放つあざやかに見も知らぬ女の指が 『廃駅』 己が影のおもたさに耐へ…

晩秋の円覚寺

閑話休題 鎌倉の紅葉もそろそろ始まっているようだ。朝からよく晴れたので、北鎌倉の円覚寺に行ってみた。門前のもみじは色づき始めたばかり。受付近くに猫が一匹座っていて、その顔の前に紅毛の幼子が手を伸ばして猫の注意を引こうとしていたが、猫は視線を…

小池光の短歌―ユーモア(9/26)

◆リフレイン(念押し、冗語)2/2 瓶覗色を見むとて首のべて瓶のぞくひとを実直といふ 『時のめぐりに』 馬の名の「チカテツ」にわれおどろけば「ヒコーキグモ」に更に驚く 「子供より親が大事、と思ひたい」さう、子機よりも親機が大事 ヌードルに「かやく」…

小池光の短歌―ユーモア(8/26)

◆リフレイン(念押し、冗語)1/2 佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず 『日々の思い出』 ゆふぐれの巷を来れば帽子屋に帽子をかむる人入りてゆく もの食ふさまのいろいろ茹でたまごぶら下げあるにぶら下がり寄る ほつかほつか弁…

小池光の短歌―ユーモア(7/26)

◆オノマトペ *使われる場所・対象や意表を突く用法が笑いを誘う。 むくむくと巻向山を抜く雲の力感おもひ気分勝れず 『廃駅』 つやつやと出でたる種三(み)つぶ干し柿の身のうちにしてやしなはれ来ぬ 『日々の思い出』 うちつけに眼をあげたるに体育館の円蓋…

小池光の短歌―ユーモア(6/26)

◆助詞・助動詞 日の恋しき頃となりつつおほははが赤(あか)毛布(げつと)と言ひし赤毛布かな 『日々の思い出』 わけのわからぬ物質潜む小枕に大事なあたまをのせてぞ冷やす 隣人は壁のむかうにさまざまな魚類を泳がせつつゐるらしも 『草の庭』 逆光の床のうへ…

小池光の短歌―ユーモア(5/26)

◆副詞(句)4/4 海峡をいつとはなしに抜けしとき静かの海はひろがりてをり 『思川の岸辺』 ひよどりの水浴びをするありさまを突然みては妻とわれわらふ 癌を病む母にみせむと結婚式ひたいそぎたるふたりのこころ 猿のお面(めん)やをら外せば本物の猿あらはれ…

小池光の短歌―ユーモア(4/26)

◆副詞(句)3/4 粟つぶほどの熱心もなくなりてのち教ふる技(わざ)はいささかすすむ 『滴滴集』 蟻がくることやたらに恐れわらび餅きなここぼさぬやう食ふあはれ こちらに振りむきしとき人ひとりまさしく桃の木の下にをり 和風喫茶に白玉だんご食うてゐつ男の…

小池光の短歌―ユーモア(3/26)

◆副詞(句)2/4 *オノマトペも副詞(句)でユーモアの源泉のひとつだが、別項でとりあげる。 齧歯類さながらこの子金太郎飴を折り食ふぱきんぱきんと 『草の庭』 ブランコの垂れたるしたにみづたまりかならず置きて雨はれにけり 煙突であらざるべからざる物…

小池光の短歌―ユーモア(2/26)

◆副詞(句)1/4 胸のべの丈に咲きたるあぢさゐの毬のおもたさいきなり信ず 『バルサの翼』 濡れてゐる革手袋のおきどころふとこの家のいづこにもあらず 『廃駅』 わが少女、神を讃へてややもすれば常軌を外(そ)れてゆく気配あり 『日々の思い出』 うちつけに…

小池光の短歌―ユーモア(1/26)

先日ご紹介したように小池光さんの第十歌集『梨の花』が出版されたが、これを読んでも小池光短歌の最大の特徴は、ユーモアにあると痛感した。あらためて第一歌集から第十歌集について、ユーモアの面から読み直してみた。このシリーズでは、小池短歌のユーモ…

千鳥のうた(6/6)

俳句では、千鳥は冬の季語。 星崎の闇を見よとや啼(なく)千鳥 芭蕉*星崎は名古屋市南区にある千鳥の名所で歌枕。星と闇との取合せ。 この句を記念した千鳥塚が名古屋市緑区鳴海町・千句塚公園にある。 文字は芭蕉の筆、これは芭蕉存命中に建てられた唯一の…

千鳥のうた(5/6)

沖つ風雲居に吹きて有明の月にみだるるむら千鳥かな 村田春海*雲居: 雲のある場所。雲のたなびいている所。大空。 千鳥なく相模の冬の荒き波あらかろがろし一人来ましぬ 川田 順 まひわたる千鳥が群は浪のうへに低くつづきて夕日さしをり 若山牧水 とらへ…

千鳥のうた(4/6)

おりゐれば磯うつ浪に玉ゆらの戸わたる千鳥声ぞのこれる 正徹 かれす猶妻とふ千鳥声さむし河辺の茅原(ちはら)しも深き夜に 岡本宗好*岡本宗好は、江戸前期の国学者。松永貞徳・中院通茂に学び、水戸光圀 に仕えた。 神山の夜半の木がらし音さえてみたらし川…

千鳥のうた(3/6)

かぜ吹けばよそになるみのかたおもひ思はぬ浪になく千鳥かな 新古今集・藤原秀能*「よそになる身」、「鳴海の潟」、「片思ひ」がそれぞれ掛けられている。 即ち、「風が吹き、遠くに吹き流された身(鳴海)は、番いから引き 離され(片思い)、鳴海潟を思い…

千鳥のうた(2/6)

百千鳥には、次の三つの場合があるので注意を要する。(大辞林 第三版の解説から引く。)① 多くの小鳥。いろいろの鳥。また、春の山野に小鳥が群がりさえずるさまや その鳴き声をいう。古今伝授の三鳥の一。 「 ―さへづる春は/古今 春上」 ② チドリの別名。…

千鳥のうた(1/6)

シギ目チドリ科に属す。鴫に似ているが嘴は短く、先がふくらむ。種類により鳴き声は違うが、哀調がこもり古来詩歌の素材となった。足をまじえて歩くので「千鳥足」、列になって飛ぶ様子は「千鳥掛」という。友千鳥、浜千鳥、夕波千鳥、小夜千鳥、むら千鳥 な…

台風・出水(でみず)

台風が連続した上に大雨が降って、河川の氾濫数知れず、復興はままならない。テレビのニュース映像では、災害状況の報告が絶えない。短歌や俳句の季語は、季節を代表する景物で成り立っているが、現代の気象変化・文明の進歩には追い付かない面がある。 出水…

万葉集を読む会

この会は平成4年4月に発足、横浜市民の有志を中心に最近まで続いたという。その間、「わたしと万葉集」から「わたしの万葉集」と会の名称が変わった。それにしても26年間、すばらしい活動と言えよう。昨年9月に89歳で亡くなった林利喜夫氏が講師を務…

小池 光の短歌観

小池 光さんの最新歌集『梨の花』(現代短歌社)を入手した際に、「現代短歌新聞」(2019年10月/91号)が謹呈・見本として同封されていた。その一面にインタビュー記事があり、小池光さんの短歌観や作法が語られていた。 以下に要点を抽出しておく。 ◆(小…

小池光歌集『梨の花』(11/11)

■その他 最後になるが、これまでに取り上げなかった技法の歌をいくつか取り上げる。 *比喩: 『梨の花』では「ごとし」を用いた直喩が目立つ。 黒雲のしたに梨の花咲きてをりいまだにつづく昭和の如く ひとふくろの蜜柑のなかに黴(かび)ふける一個ありたり…

小池光歌集『梨の花』(10/11)

■(一面的な)事実・真実をそのまま入れる 短歌の入門時には、日記や記録のような事実はそのまま詠んでは歌にならない、と教わる。現在でも歌人の中には、こうした主張をする人たちはいる。だが、小池さんの作品を読むと、そうではない、一面的な事実・真実…

小池光歌集『梨の花』(9/11)

■あはれ(感嘆詞、形容動詞、名詞) 小池さんは、仙台文学館「小池光短歌講座」(二00七年度 第一集)において、 「あはれ」を使うのは度胸がいる。今までまったくないものに 「あはれ」をつけないと、「あはれ」の甲斐がない。と語っている。この歌集には…

小池光歌集『梨の花』(8/11)

■ユーモア、ウィット(ユーモア+批評)、ペーソス 和歌短歌の持つ情感の基本にユーモア(人の心を和ませるようなおかしみ)とペーソス(そこはかとなく身にせまる悲しさ)がある。これらの感情を表現するには、品詞の使い方に工夫が必要である。小池さんの…