天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧

感情を詠むー「笑う」(4/4)

さみしさばかり語って語って何になる 笑顔の似合わぬ命などなし 田中章義 しつぽりと地雨に濡るるマンションの お前さんたら笑(ゑ)壺(つぼ)に入りて 池田はるみ 笑顔にてじっと見られていたと知る窓の向こうの秋の子二人 市原志郎 二人ならば笑へると語り給…

感情を詠むー「笑う」(3/4)

わが友の笑ひ聲に似つるをききしさへ人し戀しく思はるるなり 五味保義 ただ一夜しろきほほゑみたたへたるいのちといはば夕顔をこそ 佐竹彌生*夕顔の原産地は北アフリカまたはインドとされる。古くから日本でも栽培 されていたとされるが、何時どの様に伝来…

感情を詠むー「笑う」(2/4)

笑ふより外はえ知らぬをさな子のあな笑ふぞよ死なんとしつつ 窪田空穂*なんとも悲しい。死に行く子が笑う。その子は笑うこと以外は知ら ないから、とは! わが指紋ふたつあらめやと思ふときかそかにわれの笑ひたりしか 五島美代子 みづからを嘲笑(わら)ひゐ…

感情を詠むー「笑う」(1/4)

「笑む」は、顔をにこやかにほころばせること。ほほえみ。本来は花が咲き、実が現れることに使った言葉。「笑い」は「割る」と同根で、愉快さに声をたてる意味。 道の辺の草深百合(くさふかゆり)の花笑みに笑みしがからに妻といふべしや 万葉集・作者未詳*…

仙台文学館・短歌講座(2018年度版)

仙台文学館が編集・発行の『小池光 短歌講座』一式(2007年度〜2017年度、全11冊)については、2018-11-02のブログ「短歌の詠み方・作り方」で紹介した。このたび、2018年度の冊子(第12集)が発行された。幸いにも6月の「短歌人」東京歌会の終りに、小…

感情を詠むー「苦し」(3/3)

花見ればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける 山家集・西行*「桜の花を見ると、これと言った理由は無いのだけれども、心の中が苦しい ことであった」 歌の意味は簡明だが、桜の花にこがれ修行した西行の精神生活がしのばれる。 なほざりの空だ…

感情を詠むー「苦し」(2/3)

世の中はうき物なれや人ごとのとにもかくにもきこえ苦しき 後撰集・紀貫之*「世の中は憂わしいことだ。人事の噂は、とにもかくにも聞き苦しい。」 思ひやる方もしられずくるしきは心まどひのつねにやあるらむ 後撰集・読人しらず ひとりのみ恋ふればくるし…

感情を詠むー「苦し」(1/3)

辞書によると、➀(精神的・肉体的に)苦痛である。つらい。➁気にかかる。気苦労である。➂不都合である。さしつかえがある。などの場合に使われる。なお「苦し」の掛詞に「繰る」がある。語源は、「くるくる(回転)」 難波潟潮干(しほひ)なありそね沈みにし…

感情を詠むー「悲し」(3/3)

鳥辺山思ひやるこそ悲しけれ独りや苔の下にくちなむ 千載集・藤原成範*鳥辺山: 京都東山にある墓地、葬送の地。歌には詞書「母の二位みまかりてのち、 よみ侍りける」がある。つまり歌の下句は、母のことを思いやっている。 もろともに眺めながめて秋の月…

感情を詠むー「悲し」(2/3)

わが為にくる秋にしもあらなくに虫の音(ね)きけばまづぞ悲しき 古今集・読人しらず しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞ悲しき 古今集・読人しらず*きぬぎぬ: 衣を重ねて掛けて共寝をした男女が、翌朝別れるときそれぞれ身 につける、…

感情を詠むー「悲し」(1/3)

「かなし」は、「あはれ」「はかなし」とともに和歌の主題の一つ。じいんと胸に迫り、涙が出るほどに切ない情感を表す。「かなし」には、「愛し」の意味もあるが、このシリーズでは、「悲し」の場合をあげる。 古(いにしへ)の人にわれあれやささなみの故(ふ…

感情を詠むー「うれし」(2/2)

武蔵野のほりかねの井もあるものを嬉しくも水の近づきにけり 千載集・藤原俊成*武蔵野のほりかねの井: 関東地方では台地を漏斗状に掘りこんで,その底部 に井戸のある巨大なものがあり,《枕草子》に〈ほりかねの井〉として伝えられる ものもあった。 おも…

感情を詠むー「うれし」(1/2)

「うれし」は、晴れ晴れとした良い気持を表す言葉。➀喜ばしい。うれしい。➁かたじけない。ありがたい。 語源は「うれ(心)」。 帰りける人来れりといひしかばほとほと死にき君かと思ひて 万葉集・狭野弟上娘子*ほとほと: すっかりそうなるわけではないが…

月の満ち欠け(4/4)

名月: 陰暦8月15日の月(芋名月)。また、陰暦9月13日の月(栗名月・豆名月)。 天つ風雲ふきはらへなほ年にふたよの月は今宵ばかりぞ 高松宮*陰暦8月15日と9月13日の夜の月を「二夜の月」というが、十三夜(後の月)のみ をさす時もある。 名月や何の木も…

月の満ち欠け(3/4)

新月: 月が見えない時期のため、三日月から逆に遡って、朔の日付を求めた。英語の 呼び名(new moon)が元になっている。 よかれそむるねまちの月のつらきより二十日のかげも又や隔てん 風雅集・藤原為兼*人の訪れを待ち焦がれている夜。寝待月(19日頃)は…

月の満ち欠け(2/4)

立待月: 日没からだいたい1時間40分後に出る月。月の出を「いまかいま かと立って待つ」というところから付いた名称。居待月: 立って待つには長すぎるので「座って月の出を待つ月」。 居は「座る」の意味。二十日月: 更待月(ふけまちづき)とも。陰暦8月…

月の満ち欠け(1/4)

月の詩情については、短歌と俳句の両面で昨年すでにまとめている(8月30日~9月10日)。このシリーズでは、月の満ち欠けに付けられた日本独特の美しい名称を詠んだ短歌作品を見てみたい。 月は約30日で地球を一周する。その間に新月、上弦、満月、下弦 の順…

時の移ろいー朝・昼・晩(4/4)

夜、小夜、夜中、夜半、真夜 「よる」の「よ」は、「他の」とか「停止」を表す語。「る」は「状態」を表す語。よって「よる」は「他の状態(昼でない状態)」を意味するようになった。小夜の「さ」は、接頭語。 昼見れど飽かぬ田児(たご)の浦大君の命恐(みこ…

時の移ろいー朝・昼・晩(3/4)

夕、夕暮、宵、黄昏(たそがれ) 「ゆう(夕)」は、「よい(宵)」が転じたもの。なお夕暮や夕方を意味する言葉に、晩があるが、歌にはほとんど使われない。方言や「朝・昼・晩」という熟語に見られる程度。 たそがれ: 薄暗くなった夕方は、人の顔が見分けに…

時の移ろいー朝・昼・晩(2/4)

昼、真昼、白昼、昼下がり 古代において「る」というのは、「状態」を表す語だった。昼は太陽が空にある間を意味するので、「日」と「る」から「ひる」となった。 あかねさす昼は物思(も)ひぬばたまの夜はすがらに哭(ね)のみし泣かゆ 万葉集・中臣宅守*「明…

時の移ろいー朝・昼・晩(1/4)

はじめに 今年の3月26日から5日間にわたって、「時を詠む」を連載したが、そこでは、文字通り「時」を入れた歌をみてきた。本シリーズでは、一日の時の移ろいを朝・昼・晩と区切った時の歌を集めた。それぞれの時刻の自然に感じる我々の感情に関心がある…

水のうた(17/17)

ここでは、庭潦(にはたづみ)あるいは行潦(にはたづみ)を詠んだ作品をまとめておこう。「にわたづみ」とは、夕立などが降って庭にたまった水のこと。「流るる」「川」の枕詞になることもある。以下の二首目と五首目が該当する。 はなはだも降らぬ雨ゆゑにはた…

水のうた(16/17)

はるばると野中に見ゆるわすれ水たえまたえまをなげくころかな 後拾遺集・大和宣旨 あづまぢの道の冬草茂りあひて跡だに見えぬ忘れ水かな 新古今集・康資王母 岩間とぢし氷もけさはとけそめて苔の下水道もとむらむ 新古今集・西行 みむろ山谷にや春の立ぬら…

水のうた(15/17)

〈自然水〉買ひて巷をあゆむとき西方十万億土赤しも 高野公彦*〈自然水〉はメーカーのつけた名称。「西方十万億土」と言われて読者は、 広大な西方の宇宙を想像する。そこが夕焼けになっている。 大きなる鍋のなかにて熱せられふつふつと嗤ひはじめたる水 …

水のうた(14/17)

一杯の水をしんじつ冷たしと飲みゐるときにこの救あり 遠山光栄*下句の「この救」が何を指すか、この歌だけでは分からない。 朝明けとなりゆくひかり人をりて硝子器より硝子器に水移しゐる 真鍋美恵子*水を移している人は、屋外にいるようだ。 夜半ながら…

水のうた(13/17)

朝霧の徐々に霽れゆく十和田湖の真水(まみず)の蒼に惹き込まれたり 市川定子 流るればまた美しき冬水のひびかふまでに山は枯れたり 水本協一 濠水の底なる冥き日輪にるいるいとして蝌蚪(くわと)らむらがる 杜沢光一郎 村境をのつたりとゆく春の水さみしき腹…

水のうた(12/17)

水西書院の坂をくだると踏み張れる背に側溝の水声聞けり 音羽 晃*水西書院は、岩国市登録有形文化財で、明治19年に建てられた旧岩国藩主吉川家 の仮住居。後に吉川家の別邸、接客所として利用された。 ひろびろと水のおもてに吹く風は絶ゆることなくかがや…