天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2019-08-01から1ヶ月間の記事一覧

荒天を詠むー嵐(4/6)

大井川にごらぬ水にかげ見えて咲くやあらしの山ざくらばな 加藤千蔭*加藤千蔭は、江戸時代中期から後期にかけての国学者・歌人・書家。 千蔭の歌風は『古今和歌集』前後の時期の和歌を理想とする高調典雅な ものとされる(『ウィキペディア(Wikipedia)』…

荒天を詠むー嵐(3/6)

名もしるし峰のあらしも雪とふる山ざくら戸をあけぼのの空 新勅撰集・藤原頼実*山ざくら戸: ヤマザクラの咲いている所。桜の多く植えてある山家。 下の「あけぼのの空」と「戸を開ける」と掛けている。 あしびきの山のあらしに雲消えてひとり空ゆく秋の夜…

荒天を詠むー嵐(2/6)

あらし吹くみむろの山のもみぢ葉はたつ田の川の錦なりけり 後拾遺集・能因*竜田川は、大和川水系の支流で奈良県を流れる一級河川。古来紅葉の名所 として名高い。竜田揚げは、この川辺の紅葉の色に似ていることから きた名前との説あり。 あふさかや木ずゑ…

荒天を詠むー嵐(1/6)

近年、日本列島は大雨や嵐に襲われ、大きな被害を出している。和歌を見る限りでは、嵐の被害を詠んだ作品は見当たらない。古典和歌においては、嵐といえど雅な情景の一コマとして捉える、という文化であったようだ。 「あらし」の「あら」は荒、「し」は東風…

五感の歌―触覚

体の皮膚の一部で触れた時に感じる感覚が触覚だが、「触れる」「触る」という動詞を直に使った作品は和歌にも短歌にも少ない。 しんしんと雪ふりし夜にその指をあな冷めたよと言ひて寄りしか 斎藤茂吉 棘だつものいくつもつけて帰り来しわが外出着(そとでぎ)…

五感の歌―嗅覚(5/5)

雨のくるまえのひととき愁わしも動物園ににおいみちつつ 村木道彦 眠りゐる褐色の犬とたんぽぽと土に低きもの自がにほひもつ 真鍋美恵子 美しく名を呼ばれたはつなつの魚の匂いのする坂道で 藤本喜久恵*初句二句と四句の対比が効いている。 議事堂より出で…

五感の歌―嗅覚(4/5)

見る限り焼き払ひたる出津の野はいく日ののちも野火の匂ひす 吉野庄亨*出津とは、長崎市の外海(そとめ)の出津(しつ)集落のことだろうか? 詳細不明。 酒の香の恋しき日なり常盤樹に秋のひかりをうち眺めつつ 若山牧水 事きれしからだをゆすりなげかへばはや…

五感の歌―嗅覚(3/5)

この真昼炭にまじれる古き葉のけぶるにほひを寂しみにけり 島木赤彦 桑畑の畑のめぐりに紫蘇生ひて断(ちぎ)りて居ればにほひするかも 斎藤茂吉 あらしのあと木の葉の青の揉まれたるにほひかなしも空は晴れつつ 古泉千樫 峡ふかき宿駅(まや)に兵とまり馬にほ…

五感の歌―嗅覚(2/5)

以下の千載集や新古今集の歌の「匂ふ」は、美しく照り映える、の意味が強い。 花ざかり春のやまべを見わたせば空さへにほふ心地こそすれ 千載集・藤原師道 花のいろにあまぎる霞立ちまよひ空さへ匂ふ山ざくらかな 新古今集・藤原長家 吉野山はなやさかりに匂…

五感の歌―嗅覚(1/5)

「嗅ぐ」という言葉を直に詠んだ歌は、少ない。具体的なものの「にほひ」「かをり」「香」として表現されている。古典和歌では、梅の花、花橘、桜花などが典型的。 「にほひ」は古くは、人目につくきわだった美しさを表し、艶めくさまを「にほひやか」と表現…

五感の歌―味覚

味覚は、物を食べた時に口内で感じる甘味、辛味、酸味、苦味などの感覚だが、驚いたことに和歌や短歌に詠まれた例が少ない。飲食物の種類は多く詠まれているが、それらの味についてはあまり拘泥しなかったようだ。 [甘い] 柿の実のあまきもありぬ柿の実の…

五感の歌―聴覚(2/2)

律唱の太鼓の響めいめいの知覚にうけて足ぶみしをり 遠山光栄*律唱という言葉は、辞書に出ていない。リズム感覚 というほどの意味だろう。 そら耳か聞きとめて人語にもあらぬ なべてかそけし夜動くものは 斎藤 史*そら耳: 実際には存在しない声や物音を聞…

五感の歌―聴覚(1/2)

聴覚では、「聞く」という言葉を使った歌を集めてみた。音や声だけの例は除外する。なお「菊」を掛詞にすることあり。 わが聞きし耳に好く似る葦のうれの足痛(ひ)くわが背(せ)勤(つと)めたぶべし 万葉集・石川女郎*大伴宿禰田主との歌のやり取りにある。石…

五感の歌―視覚(3/3)

みじかなる焔(ほのほ)燠(おき)よりたちをりてこのいひ難きいきほひを見ん 佐藤佐太郎 草がくる杙一つをば測量機のレンズの中に吾は見て居し 近藤芳美*(光波)測量機は、光波を用いて特定の距離を測定する機械。 見るために両瞼をふかく裂かむとす剃刀の刃…

五感の歌―視覚(2/3)

見てのみや人に語らむ桜花手ごとに折りて家づとにせむ 古今集・素性*家づと: 家への土産(みやげ)。 「見ただけの様子を人に話そうか、いや、それぞれが手に折った桜を持って家 への土産にしよう。」 逢ふことも今はなきねの夢ならでいつかは君をまたは見…

五感の歌―視覚(1/3)

このシリーズでは、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感を詠んだ作品を見ていく。視覚の見る、視る、診るには、目を向けると会うという二種類がある。ここでは、積極的に見る、視る場合を取り上げる。なお、古くは「見る」こと自体、呪的な意味がこめられて…

薬を詠む(6/6)

いかなる生も敗北ならば、薬包紙たたいて寄せる白色の粉 加藤治郎*これも鑑賞に困る作品。下句は別の事象に置き換えることができる。 二読、三読して戸惑うばかり。 薬の包み抱きて帰る坂の上にひかりは淡き夕月を恋う 近藤芳美*坂の上に明かりの点いた自…

薬を詠む(5/6)

ものぐさくありふるわれによく煎じ呑めよとたびし山の薬草 木俣 修*薬草: 薬用に用いる植物の総称。草本類だけでなく木本類も含むため、 学問的な場面では、より厳密な表現の「薬用植物」のほうが用いられることが多い。 手術室に消毒薬のにほひ強くわが上…

薬を詠む(4/6)

七曜の用の一つはストマイの臀の左右を指定せむため 滝沢 亘*ストマイ: ストレプトマイシンの略。放線菌の一種からみつかった抗生物質。 細菌類、特に結核菌に対して著しい効果がある。副作用として、耳鳴り、難聴、 めまいなどが起こることがある。ところ…

薬を詠む(3/6)

糖衣錠あるいは色の華美にすぎてころがり易し薬包紙より 斎藤 史 アンプルのうすき破片を事務的に寄するとき鈴のごとき音する 斎藤 史*アンプル: ガラス製の首のくびれた小型の容器。口部はガラスを溶かして 密封する。おもに注射液を入れるのに用いられる…

薬を詠む(2/6)

速記者としては老い過ぎし我を待つ行かんか持薬を多目にのみて 大家増三*持薬: いつも飲んでいる薬。また、用心のために持ち歩いている薬(大辞林 第三版)。 罐にみつる夫の薬のいく種類魑魅のごとくにわれは懼るる 林田 鈴*魑魅: 「ちみ」あるいは「す…

薬を詠む(1/6)

病気や傷を治すために飲んだり付けたりするものが薬で、種類には、水薬、粉薬、丸薬、塗り薬、煎薬などあり。薬喩は、薬品を入れた風呂や薬効のある温泉をさす。くすりの語源は、「くさいり(草煎)」が転じたもの(語源辞典)。なお 石麿にわれ物申す夏痩に…

感情を詠むー「恥づ・恥」(2/2)

おお朝の光の束が貫ける水、どのように生きても恥 佐佐木幸綱 生きのびて恥ふやしゆく 日常は眼前のカツ丼のみだらさ美しさ 佐佐木幸綱 骨折した恋をうたえば恋歌がどこか子守唄に似る恥ずかしさ 佐佐木幸綱*「骨折した恋」は、失恋とは違うように思える。…

感情を詠むー「恥づ・恥」(1/2)

辱(はぢ)を忍び辱を黙(もだ)して事も無くもの言はぬ先にわれは依りなむ 万葉集・作者未詳*竹取の翁が詠んだ長歌と二首の歌に、九人の仙女たちが和えて詠んだ歌の一つ。 意味は、「恥かしい行いをしたのにも耐えて言い訳せずに、何を置いてもまず あれこれ言…

感情を詠むー「驚く」(2/2)

浅き水にすすき風さとはしるさへ驚きやすく鹿の子のゐる 前川佐美雄 鉄片を打ちつづけゐて「ああ」といふ声あげしときわれは驚く 福田栄一 海を観て太古の民のおどろきを我ふたたびす大空のもと 高村光太郎*上句は観念的で共感しにくい。具体的な場合が様々…

感情を詠むー「驚く」(1/2)

「驚く」とは、心の平静を失う、びっくりすること。「お(怖)」を語根とし、「おーおづーおどるーおどろく」と発展(語源辞典)。 夢(いめ)の逢は苦しかりけり覚(おどろ)きてかき探れども手にも触れねば 万葉集・大伴家持*家持が坂上大嬢に贈った恋歌十五…

癒される短歌

日本の詩歌の根源は和歌・短歌にあり、歴史は大変古いが、文藝としての手法は、現代でも様々に工夫されている。ただ、手法ばかりが目立って、心に浸みる癒される作品は案外少ないことにガッカリする読者もいるだろう。 客観写生、実相観入が盛んに推奨された…

感情を詠むー「憎む」(5/5)

とかげのやうに灼けつく壁に貼りつきてふるへてをりぬひとを憎みて 河野裕子 まっしぐら坂くだり来てヒュマニストを憎むついでにインテリ憎む 岡部桂一郎 *ヒュマニストやインテリが具体的な人物をさすのか、あるいは概念上の人種を さすのか不明だが、初句…

感情を詠むー「憎む」(4/5)

論理にてつひに結ばぬわれわれの憎悪に結ぶ危ふさにあり 小野茂樹*論理では結ばれない我々の仲だが、共通の憎悪では結ばれる仲、という。 たはやすく憎に移らむ心かと今日あれてゐる自が声をきく 河野愛子*「あれてゐる」とは、荒れてゐる ということだろ…

感情を詠むー「憎む」(3/5)

眼の前に埃の如くさがりくる蜘蛛さへ今日の今の憎しみ 小暮政次 蓬野に母ひざまづきにくしみの充電のごとながし授乳は 塚本邦雄*「にくしみの充電のごと」とは、凄まじい直喩である。母は子を通して子の 父を憎んでいるようにもとれる。 にくむべき詩歌わす…