天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

果物のうたー苺

手づくりのいちごよ君にふくませむわがさす虹の色に似たれば 山川登美子*下句は、口紅のこと。 苺たべて子のいき殊に甘く匂ふ夕明り時を母に寄添ひ 五島美代子 一皿の苺に今宵寄り合へりわれら貧しさを隠すことなく 扇畑忠雄 冬の苺匙に圧(お)しをり別離よ…

果物のうたー柿

世の人はさかしらをすと酒のみぬあれは柿くひて猿にかも似る 正岡子規*大伴旅人の万葉集の歌「あな醜 さかしらをすと 酒のまぬ 人をよく 見ば猿にかも似む」を踏む。旅人は酒を飲まない人をくさしているが、 子規は偉ぶって酒を飲む人と柿を食う自分とを対…

果物のうたー桃(3/3)

生きのびる心地に一つの桃を食むわがふるさとの愛はむに似て 大野とくよ かなしみのみづみづとせる切口をさらし合ひたり桃とわれとは 築地正子 桃の皮を爪たててむく 憂鬱を ひとさしゆびと親指で剥(は)ぐ 沖 ななも 廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみ…

果物のうたー桃(2/3)

ただひとつ惜しみて置きし白桃(しろもも)のゆたけきを吾は食ひをはりけり 斎藤茂吉*白桃: 明治32年に、岡山県で発見された桃の品種で、水蜜桃の一種。 この歌は、白桃の特性をみごとに表現している。茂吉の代表作のひとつ。 桃むく手美しければこの人も或…

果物のうたー桃(1/3)

向つ峰(を)に立てる桃の樹成らむかと人そ耳言(ささやく)く汝(な)が情(こころ)ゆめ 万葉集・作者未詳*「向こうの峰に立つ桃の木に、実はならないのかと世間が気にしてささやいている。 でも君は安心なさい。」 わが宿の毛(け)桃(もも)の下に月夜さし下心(し…

果物のうたー梨(2/2)

雪折れの枝さながらに花咲きてあはれと思ふ梨も李も 石川不二子 男なる鬱を抱きて帰り来つ梨むく妻へ梨食ふ子らへ 高野公彦*妻子の待つ家庭に帰ってくる男の内情にはいろいろあるだろう。 夫や父親が憂鬱な顔をして外から帰ってくると、梨はまずくなるだろ…

果物のうたー梨(1/2)

梨棗(なつめ)黍(きみ)に粟嗣(あはつ)ぎ延(は)ふ田葛(くず)の後も逢はむと 葵(あふひ)花咲く 万葉集・作者未詳 *掛詞として、 黍(きみ)に粟(あは)つぎ --> 君に逢はつぎ 葵(あふひ) --> 逢う日 一首の意味は、「梨、棗と続くように、あなたに会いたい。葛の…

果物のうたーはじめに

このシリーズでは、小さな木の実や野菜に近いものは除き、また最近になって知られるようになった果物も除く。 古代からある果物も古典和歌にはほとんど詠まれていない。具体的な食物を和歌に詠むことが少なかった理由は、食物や食べる動作を雅なものとは考え…

かりそめ(3/3)

黙(もだ)しつつしぬべる心かりそめに甲(よろ)ふ心とわが言はなくに 柴生田稔*しぬぶ: 「しの(偲)ぶ」の音変化。江戸時代に万葉仮名の「の」の読みを「ぬ」と誤読してできた語という。 かりそめに忘れても見まし 石だたみ 春生(お)ふる草に埋(うも)るるが…

かりそめ(2/3)

前の評論を見たことを契機に、和歌短歌に詠まれた「かりそめ」を調べてみた。はかなさを詠むことを得意とする和歌短歌にしては、思ったほど多くなかった。 難波潟おふる玉藻をかりそめの蜑(あま)とぞわれはなりぬべらなる 古今集・紀貫之*この歌における「…

かりそめ(1/3)

「かりそめ」とは、一時的、その場限りであることを意味する。今年の「短歌人」九月号の評論 かりそめの世を生きるー永井陽子作品の魅力 加藤隆枝を読んで、あらためて永井陽子さんの生き方に興味をもった。彼女も私も「短歌人」の会員であったが、永井さん…

窓を詠む(5/5)

学ぶというはかくきらきらとどの窓も燈(とも)る校舎に鐘鳴りいでて 武川忠一 灯の消えし校舎の黒き窓並ぶついに言いきれざりき彼らもわれも 武川忠一*この歌は、前の歌と対照的である。作者は、1944年学徒出陣、1947年上京、 早稲田高等学院教諭などを経て…

窓を詠む(4/5)

対称形に並びいる窓おのおのにせめて異形の湯の煙あれ 市原志郎*下句からは、これらの窓は、温泉宿のものと思われる。それにしては、 「異形の」という形容が異様に思える。 世事一つやり終えしのち遠雷を聞くべく開く窓は北向き 市原志郎*北向きの窓から…

窓を詠む(3/5)

劇薬をはかりし秤(はかり)と硝子器と華麗なり八月の窓に見しもの 真鍋美恵子*劇薬: 激しい薬理作用,体内蓄積作用がある医薬品で,薬事法の規定に 基づき厚生大臣が劇薬に指定したもの。毒薬よりも弱い。〈劇〉の字と品名 を白地に赤わく・赤字で表示し,…

窓を詠む(2/5)

やまおろしのたえず音する窓の中にあやしく残るよはの灯(ともしび) 細川幽斎*作者は、部屋の中に点る夜半の燈火を、嵐に音立てている窓を通して 見たのだろう。 窓に窓むかひ合ひたる大船の一夜どなりのなつかしげなる 大隈言道*大船が二隻あって隣り合っ…

窓を詠む(1/5)

窓は「目門(まと)」の意味。建物の壁や屋根に穴を開け、室内に明りや空気を入れるようにしたもの。西洋文化からは、窓が象徴するものとして、➀空気、光、知識、幻視への出入り口 ➁理解、意思疎通、愛と死が入ってくるところ ➂意識 ④魂、精神への出入り口とし…

松瀬青々(2/2)

何故こうも無視されてきたのだろうか? ホトトギス派なのだが、客観写生というより主観が強い作品であった。客観写生や花鳥風詠にせよ自由律にせよ、寄って立つ明快な俳句理論を持たなかった などが原因ではなかろうか? あるいは、句会の場では常に和服で通…

松瀬青々(1/2)

どこの世界にも傍から見て不運な人はいるもの。俳句の世界では、松瀬青々という俳人がそのように見える。正岡子規、高浜虚子が関東で活躍した同時期に関西で同等の活躍をした。大坂朝日新聞において、「朝日俳壇」を起して選者になっているし、東の「ホトト…

落首(2/2)

臣(おみ)の子の 八重の紐(ひも)解(と)く 一重(ひとえ)だに いまだ解かねば 御子(みこ)の紐解く [直訳]臣下の私が、自分の紐を一重すらも解かないのに、御子は御自分の紐をすっかりお解きになっている。 [解説]臣ノ子が、八重に結わえられた紐、つまり極…

落首(1/2)

もちろん首が落ちるわけでなく、落書の1首の意味。諷刺、嘲弄、批判をこめた匿名の戯歌(ざれうた)。もっとも、時の権力者に誰が作ったかわかれば、首を落とされる危険はあった。古事記、日本書紀にも童謡(わざうた)として出ている。有名な例を以下にあげ…

狂歌師・天廣丸

鎌倉今泉・白山神社入り口にある説明板によれば、あめのひろまるは、宝暦六年(1756)〜 文政十一年(1828)の間を生きた。今泉に生れ、若くして江戸に出て易学を修めた。結局は、狂歌の道で名声を得た。関係の書物を数種類出しているが、有名なのは、「狂歌…

雨燕

アマツバメ科の鳥。高山や海岸の断崖の割れ目に集団で巣を作る。南米イグアスの滝に棲むアマツバメの飛翔の様は壮観である。 朝まだき目醒めて想ふあまつばめ天の高処(たかど)に一生をすごす 春日井建*夜明けに目覚めて、アマツバメは一生を天空にすごすの…

五郎入道正宗

鎌倉末期の代表的刀工。相模国鎌倉の住人新藤五国光の門と伝え、国光が開拓した相州伝を完成した。即ち、沸出来(にえでき)の美しさを最大限に発揮し、地肌には美しく地景を交え、のたれ刃に特色のある独特の作風を樹立した。 鎌倉本覚寺には「五郎入道正宗…

鶴ケ丘八幡宮の句碑

鎌倉の鶴ケ丘八幡宮境内には有名な源実朝の歌 山はさけうみはあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも が、大正12年の関東大震災で倒れた二の鳥居の柱に刻まれて、鎌倉国宝館の右手に歌碑となっている。これは説明板が立っているので、分りやすいのだ…

荒天を詠むー台風(2/2)

台風が近づく夜更けペンをとる 僕は闇でも光でもない 千葉 聡*このような歌が一番鑑賞に困る。書いてあるとおり。それ以外のことを 述べると読者の想像になってしまう。下句からは、なんのためにペンを とっているのか、を言いたいようだが。 台風にやられ…

荒天を詠むー台風(1/2)

きしきしと夏林檎かみてゐる夜ふけ颱風のくる気配しながら 遠山光栄 颱風のあらぶるなかに鶏の産卵の声しばらくきこゆ 佐藤佐太郎 台風の過ぎたるあとのゆりかへしなごりといへど暫しするどし 佐藤佐太郎 颱風に林痩せては眼に近くあらざりし山あらはれ出で…

荒天を詠むー野分(2/2)

おもと人半蔀(はじとみ)おろす袖口のあらはなるまでふく野分かな 井上文雄*おもと人: 貴人のそば近くに仕える人。侍従。侍女。女房。 半蔀: 上半分を外側へ吊 り上げるようにし、下半分をはめ込みとした 蔀戸 (しとみど) 。 わが庭に野分のかぜの吹く見れ…

荒天を詠むー野分(1/2)

野分は、野の草木を吹き分ける秋から冬に吹く強風をいう。主に台風をさす。「はやち」とも。「野分だつ」とは、野分らしい風の吹くさまである。 はやちふくしげみののらの草なれやおきては乱るふせばかたよる 相模*人の行動を比喩している歌と解する。 あさ…

荒天を詠むー嵐(6/6)

葱嶺を流沙を越えしいにしへのペルシャの盌(もひ)に砂あらし聞く 宮 英子*葱嶺(そうれい): パミールの中国名。中央アジアのタジキスタン最南端の 高原地帯。 流沙(りゅうさ): 中国,西北地区の沙(砂)漠地帯をさす。 葱嶺や流沙を越えてはるばると伝来した…

荒天を詠むー嵐(5/6)

青嵐わたる天竜の大き水いづくを見てもみなみづみづし 松村英一 東(ひむがし)は銅(あかがね)いろに朝焼けて嵐のあとの稲木(いなぎ)をおこす 結城哀草果*稲木: 刈り取った稲を束にし、掛け並べて干す柵 や木組み。稲架(はざ) 。 吹きまくる烈風の中を遮二(…