天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2020-09-01から1ヶ月間の記事一覧

住のうたー部屋(1/2)

部屋の語源は、別々に隔てた家の意味の「隔屋、戸屋」である。古くは小屋や物置などにも部屋という語は使われた。(語源由来辞典から) 星昏き坂に従い下りくれば羽目より灯洩るる吾が部屋 吉田 漱 部屋のうちに洋琴(ピアノ)の弾音ちらばれば遊蝶花揺るるご…

住のうたー家・庵・宿(14/14)

いまはわれ吉野のやまの花をこそ宿のものとも見るべかりけれ 新古今集・藤原俊成 *「今や私は、あこがれていた吉野の山の花を、わが家のものとして見るべきなのだろう。」 住む人もあるかなきかの宿ならし葦間の月のもるにまかせて 新古今集・源 経信 いづ…

住のうたー家・庵・宿(13/14)

さびしさに宿を立ち出でて眺むればいづくもおなじ秋の夕ぐれ 後拾遺集・良暹 大はらやまだすみがまもならはねば我が宿のみぞ煙たえける 詞花集・良暹 *「大原に住んで、まだ炭を作るすべも習っていないので、自分の家だけが煙が絶えている。」 板間より月の…

住のうたー家・庵・宿(12/14)

み吉野の山のあなたに宿もがな世のうき時のかくれがにせむ 古今集・読人しらず *「 吉野の山の向こうに宿があったらいいのに。そうしたら世の中が嫌になった時の隠れ家にしよう。」 荒れにけりあはれ幾世の宿なれや住みけむ人の音づれもせぬ 古今集・読人し…

住のうたー家・庵・宿(11/14)

女郎花うしろめたくも見ゆるかな荒れたるやどに独りたてれば 古今集・兼覧王 *「あの女郎花がうしろめたく見えるなあ。荒れた庭に独りで咲いているのだから。」 なきわたる雁の涙やおちつらむ物思ふ宿の萩のうへの露 古今集・読人しらず 里はあれて人はふり…

住のうたー家・庵・宿(10/14)

人の見て言(こと)咎(とが)めせぬ夢にわれ今夜(こよひ)至らむ屋戸閉(さ)すなゆめ 万葉集・作者未詳 *「人が口うるさくとがめだてしない夢、その夢の中で私は今夜逢いに行きます。決して戸を閉ざすことのないように。」 鶉鳴き古しと人は思へれど花橘のにほふ…

住のうたー家・庵・宿(9/14)

わが庵は小倉の山の近ければうき世をしかとなかぬ日ぞなき 新勅撰集・八条院高倉 *しかと: はっきりと。「鹿と」を掛ける。 「私の住む庵は小倉山が近いので、憂き世を悲しみ鹿とともに泣かない日はない。」 長閑なる日影はもれて笹竹に籠れる庵も春は来に…

住のうたー家・庵・宿(8/14)

秋の夜は山田の庵(いほ)にいなづまの光のみこそもりあかしけれ 後拾遺集・伊勢大輔 あばれたる草の庵のさびしさは風よりほかにとふ人ぞなき 山家集・西行 *あばれたる: 荒れ果てた。 諸共(もろとも)にかげをならぶる人もあれや月の洩りくる笹の庵に 山家集…

住のうたー家・庵・宿(7/14)

秋の野のみ草刈り葺(ふ)き宿れりし宇治のみやこの仮廬(かりいほ)し思ほゆ 万葉集・額田王 *「秋の野のみ草を刈って屋根を葺いて、泊まった宇治の宮処の仮の宿のことを思い出します。」 わが背子は仮廬(かりほ)作らす草(かや)無くは小松が下の草(かや)を苅(…

住のうたー家・庵・宿(6/14)

幼き日わが住みし家残りゐてその家のまへ妻と過ぎにき 安田章生 この家ぬちわれがうごくも背(つま)がうごくも何かさやさやうたへる如し 若山喜志子 *家ぬち: いえのうち、屋内。 背(つま): 夫(牧水)を差すだろう。 ひそけかる家のいづくにか老い妻のあ…

住のうたー家・庵・宿(5/14)

妻が編む毛糸の金の光る夜をともしに居れば巣の如き家 田谷 鋭 ここにまた家は建ちゐてかつがつに生くるのみなる心は疼く 田谷 鋭 家のもつ重さのゆえに死ぬなりと死にゆく母は遂に知らざりき 川口常孝 *上句の認識は作者のもの。母はそのようには思ってい…

住のうたー家・庵・宿(4/14)

めづらしく この冬ぞらの、ほのぼのと いまだあかるき家にかへりつ。 土岐善麿 人みなが家を持つてふかなしみよ墓に入るごとくかへりて眠る 石川啄木 *啄木の独身時代の生活であろうか? 夜昼をいのちきほひて啼く虫のこゑはひびけりふるき我が家 久保田不…

住のうたー家・庵・宿(3/14)

野辺ちかく家居しをれば鶯のなくなる声はあさなあさな聞く 古今集・読人しらず *「人里を離れて野辺の近くに住まいを構えていると、鶯の声だけは贅沢なまでに毎朝毎朝聞くことが出来る。」 家ながらわかるる時は山の井のにごりしよりもわびしかりけれ 拾遺…

住のうたー家・庵・宿(2/14)

人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり 万葉集・大伴旅人 *「愛しい妻のいない空しい家は草を枕にする旅にもまさって心が苦しいことだなあ。」 大口の真(ま)神(かみ)の原に降る雪はいたくな降りそ家もあらなくに 万葉集・舎人娘子 *「大口」は真…

住のうたー家・庵・宿(1/14)

家とは、人が住むための建物のこと。旧かなは「いへ」で語源には諸説ある。寝戸(いへ)で、「い」が寝る、「へ」が戸に通ずるなど。家居は、家をつくって住むこと。また住居をさす。 庵、廬(いおり、いお)は、草や木でつくった仮小屋。 宿(あるいは屋戸…

洪水

新型コロナ・ウィルスの勢いが止まらないままに、梅雨前線による九州豪雨の災害が起きた。大雨や洪水は古代から日本にもあったのだが、和歌に詠まれることは稀であった。雅を詠う和歌の射程には入っていなかったからである。ちなみに俳句では出水(梅雨出水…

食のうたー参考

中公新書から出ている廣野卓著『食の万葉集』が参考になる。作者は、万葉集を食文化を語る資料として不可欠の書であると位置づける。海や山の幸、酒などの食材が詠まれている和歌が多数引用されている。参考までに各章の表題を以下に示す。 第1章 若菜――野…

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(8/8)

[冬(続)] 塩の道・鯖の道遠く辿りをれば生まるる前のごとき雨降る 大西民子 *塩の道は、日本の各地にあった。鯖の道といえば、福井県小浜から京都へと通じる鯖街道のこと。作者は岩手県盛岡市の出身なので、これは旅行詠であろう。 生業(なりわい)はか…

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(7/8)

[冬] わが物にあらねど蜜柑を山と積み店に売りをれば人の世たのし 前川佐美雄 蟹の肉せせり啖(くら)へばあこがるる生れし能登の冬潮の底 坪野哲久 *作者は石川県羽咋郡志賀町出身。つまり能登が故郷である。この歌の碑が志賀町図書館横に夫人の山田あきの…

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(6/8)

[秋(続)] 実を終へし糸瓜(へちま)なれども大き葉はせいせいと三日の雨をよろこぶ 米川千嘉子 *糸瓜はいろいろな部分が我々の役に立つ。ヘチマ水は化粧水に、円筒形の果実はヘチマたわしに、種は食用に、大きな葉は緑蔭に、などである。この歌は、そんな…

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(5/8)

[秋] たぽたぽと樽に満ちたる酒は鳴るさびしき心うちつれて鳴る 若山牧水 *牧水の父親は酒で身代をつぶしたので、牧水の少年期は大の酒嫌いだったという。だが成長して、「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」という有名歌を残すほ…

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(4/8)

[夏(続)] 角砂糖ガラスの壜に詰めゆくにいかに詰めても隙間が残る 香川ヒサ *角砂糖を個性の強い人間として、一首を暗喩の歌と理解するのがよいのだろう。 石(いは)麿(まろ)にわれ物申す夏痩に良しといふ物そ鰻取り食(め)せ 万葉集・大伴家持 *この歌…

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(3/8)

[夏] 桜桃よ皿にあふれてこぼれたるこのひとつぶの眼(まなこ)恋ほしも 小池 光 あやまちて簗(やな)にのりたるいろくづの白きひかりを人拾ふなり 斎藤 史 *簗: 川に竹や網,縄などを水流をさえぎるように張り,中央部に簀棚(すだな)を斜めに設けて泳いで…

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(2/8)

[春(続)] 米洗ふとき丹念に人想ふ言葉湧きゐて解かれがたしも 安永蕗子 *「解かれがたしも」は、その状況から抜け出せないことを言う。 そら豆の殻一せいに鳴る夕母につながるわれのソネット 寺山修司 *ソネット: 十四行詩。ルネサンス期にイタリアで…

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(1/8)

道浦母都子『食のうた歳時記』(彌生書房)の「あとがき」に、作者は短歌で食べ物を詠むことの希少さを以下のように述べている。 「一九九三年十月から九四年十月迄の一年間、旬の食物を先取りしながら優れたうたを探し出す作業は思いの外、たいへんな仕事だ…

食のうたー櫂未知子『食の一句』(6/6)

十一月の句から 蛸焼を返す手捌(さば)き文化祭 泉田秋硯 木の匙のカリフラワーのスープかな 井越芳子 ストーブにあぶりしするめ踊りだす 樫尾桂子 *ストーブが効いている。 荒(あら)星(ぼし)の匂ひのセロリ噛(かじ)りたる 夏井いつき *荒星: 木枯しの吹き…

食のうたー櫂未知子『食の一句』(5/6)

九月の句から 実ざくろや妻とは別の昔あり 池内友次郎 人間にうわの空ありとろろ汁 清水哲男 有(あり)の実を食(は)むや身ぬちの水ひびく 角谷昌子 *有の実: 梨の実の忌み言葉。「無し」という否定の響きを嫌い、「有り」という肯定表現にしたもの。日本語…

食のうたー櫂未知子『食の一句』(4/6)

七月の句から シャーベット明石の雨を避けながら 須原和男 *櫂未知子は、「明石の雨」は源氏物語を拠り所にしていると読むと面白い、と言う。 カップ麺待つ三分の金魚かな 上原恒子 さらしくじら人類すでに黄昏(たそが)れて 小澤 實 *さらしくじら: 鯨の…

食のうたー櫂未知子『食の一句』(3/6)

五月の句から 恋知らぬ女の粽(ちまき)不形(ふなり)なり 鬼貫 *上島鬼貫(うえじま おにつら)は江戸時代中期の俳諧師。恋を知らない娘が作る粽は、情が籠っていなくて不細工、という。 味噌・醤油・塩・酢・浅葱(あさつき)・初鰹 瀬戸正洋 卯の花に賀茂の酸…

食のうたー櫂未知子『食の一句』(2/6)

三月の句から 草餅を焼く天平の色に焼く 有馬朗人 *作者は、草餅を焼いている時に天平時代の文化を思ったのだ。 おぼろ夜のうどんにきつねたぬきかな 木田千女 妻在(あ)らず盗むに似たる椿餅 石田波郷 *石田波郷にはあき子という奥さんがいた。奥さんが不…