天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2021-04-01から1ヶ月間の記事一覧

乗りもののうたー汽車、電車(4/5)

ふたたびは死なざるものを汽車発てば湖(うみ)現るる日ざかりの駅 清水正人 *生物の命は一回だけのもの。ふたたび死ぬことはあり得ない。汽車に乗っていて外の風景を見ながら思ったのだろう。 屋上より発車の電車風の日の夕日のなかにゆらぎつつ出づ 中野菊…

乗りもののうたー汽車、電車(3/5)

傷多き鞄をさげし集金夫と待ちをりおくれて着くといふ汽車を 真鍋美恵子 野火のけむり汽車の窓より入りくれば風になりたる母と思ふも 大塚陽子 夜汽車っこさア帰るべし微かなるうす血の翳(かげ)り土を嗅ぎわけ 小嵐九八郎 *小嵐九八郎は、秋田県能代市出身…

乗りもののうたー汽車、電車(2/5)

トンネルを出でて漁村に汽車止りぬ窓近く聞くは郷里(ふるさと)の声 葛原 繁 褐色の鉄橋をわたり汽車往けりどの窓も淡く河を感じて 前登志夫 ふところに星一つ入れ眠りおり過ぎゆく遠き夜の汽車の音 石井利明 *上句は夢あるいは希望を抱いて汽車に乗っている…

乗りもののうたー汽車、電車(1/5)

汽車とは、蒸気機関車で客車や貨車を引いて軌道を走る列車のこと。幕末から明治初年は火車,岡蒸気,蒸気車などと呼んだ。 汽車の音の走り過ぎたる垣の外(と)の萌ゆる木末(こぬれ)に煙うづまく 正岡子規 何となく汽車に乗りたく思ひしのみ汽車を下(お)りしに…

乗りもののうたー自動車(4/4)

視界なき吹雪を衝きてひたすらに家路急げり人もくるまも 砂田武治 わが母のひとりのときの顔を見し擦れ違いたる車の中に 中川佐和子 自動車の横転したるうらがはは数かぎりなき管(くだ)がからめる 大辻隆弘 廃車の上に廃車を抛げてすさまじきうす暗がりをつ…

乗りもののうたー自動車(3/4)

徐ろにかたはら過ぎぬ濃き霧にライトの芯を刺して車は 小野茂樹 *徐ろに: (おもむろに)。落ち着いて、ゆっくりと行動するさま。 次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く 奥村晃作 信号の赤に向かひて自動車は次々止まる前から順に 奥村晃作 …

乗りもののうたー自動車(2/4)

故わかぬ腎出血にむかい行く都の北東へバス乗り継げば 岡井 隆 *医師・岡井隆のある日を詠んだものだろう。 柱上トランスがこぶのように見える角を曲がり正午到着のバスが出てくる 佐藤信弘 ゆったりと過ぎしトラックがそびらへて小石を砕くつぶさなる音 田…

乗りもののうたー自動車(1/4)

自動車は、18世紀に蒸気機関を用いた蒸気自動車として登場した。その後、ガソリンを動力源(燃料)とするものが主流になるが、最近では電池を搭載した電気自動車が重きをなしつつある。運転については、人工知能にゆがねる自動運転が実用段階に入ってきてい…

乗りもののうたーオートバイ

オートバイは、オートバイシクル(自動二輪車)からきた和製英語。明治35年にアメリカからエンジン付き自転車「トーマス」が輸入された当時は英語と同様に「モーターサイクル」と呼ばれていた。大正12年に月刊誌『オートバイ』が発売されて以来、「オートバ…

乗りもののうたー自転車(3/3)

自転車をナジャと名づけてあしたまで駅の早霜に打たせて置かむ 岡井 隆 おぼれゐる月光見に来つ海号(うみがう)とひそかに名づけゐる自転車に 伊藤一彦 *上句が分かりにくい。自転車が月光におぼれているように見えるなら分かるが。 自意識に苦しむやうにキ…

乗りもののうたー自転車(2/3)

自転車をならべて親子のゆくみれば子の自転車の真新しけり 金沢邦子 白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり 高野公彦 風いでて波止(はと)の自転車倒れゆけりかなたまばゆき速吸(はやすひ)の海 高野公彦 街川に自転車いくつ水漬きをり死ぬ…

乗りもののうたー自転車(1/3)

自転車の歴史は、複雑であるが、www.bikemuse.jp/knowledge/ に要領よくまとめてある。 それをさらに端折って書くと次のようになる。 ◆1818年 地面を蹴った! ドライシーネ ◆1861年 地面から足が離れた! ミショー型ボーンシェーカー ◆1880年頃 より速く オ…

乗りもののうたー船(7/7)

若き日はこの湖にボート競ひ漕ぎき古へを偲ぶ心は無くて 吉田正俊 *「この湖」とは、近江朝を象徴する琵琶湖であろうか。 青きボート赤きボートの寄り添ひて夜の川面にちぐはぐに揺る 安田純生 *ちぐはぐ: 二つ以上の物事が、食い違っていたり、調和して…

乗りもののうたー船(6/7)

眼のくらむまでの炎昼あゆみきて火を放ちたき廃船に遭ふ 伊藤一彦 沈船の窓よりのぼる泡よりもはかなきことをいまこそ言はめ 山田富士郎 ふるさとを捨てたる人に旗あげてサンタ・マリアという船が出る 岡部桂一郎 *サンタ・マリア号: コロンブスによる初の…

乗りもののうたー船(5/7)

冬の岬漕ぎたむ舟にくだちゆくぶあつき闇に貌つつまれぬ 前登志夫 *漕ぎたむ: 漕ぎまわる。 くだちゆく: 衰えてゆく。 冬の岬の明方の闇を描いているのだろうか。 船渠(ドツク)の船の傷ことごとく塗られゆく不安なる平和なれど續けよ 塚本邦雄 縹緲と広き…

乗りもののうたー船(4/7)

海(わた)の沖のしらしら明けに海人小船出でゐる中を汽船すすみをり 木下利玄 韃靼の海(うな)阪(さか)黒しはろばろと越えゆく汽船(ふね)の笛ひびかせぬ 北原白秋 *「韃靼の海阪」とは、タタール海峡(韃靼海峡,最も狭い部分を間宮海峡)を差すのであろう。 舞…

乗りもののうたー船(3/7)

松山の波に流れて来し舟のやがて空しくなりにけるかな 山家集・西行 にほの海や霞のをちにこぐ舟のまほにも春のけしきなるかな 新勅撰集・式子内親王 *にほの海: 鳰の海で琵琶湖の古称。まほ: 真帆で、いっぱいに広げた状態の帆のこと。 「琵琶湖に浮かぶ…

乗りもののうたー船(2/7)

白波のあとなきかたに行く船も風ぞたよりのしるべなりける 古今集・藤原勝臣 *たよりのしるべ: 頼りになる導き手。「たより」には便り(手紙)を掛ける。 「波跡が見えなくなるほど遠くへ行く舟も、私の恋も、風信だけが頼りになる導き手であった。」 はる…

乗りもののうたー船(1/7)

船はもともと容器を意味したという。また「ふね」の「ね」は接尾語であり、「ふ」は水に浮かぶことから「浮」とする説もある。漢字の舟は、中国の小舟を描いた象形文字。よって日本でも舟は小舟を、船は大型船を象徴する。ただし現在の定義では、大きさに関…

乗りもののうたー車馬

車馬とは、車と馬。車や馬などの乗り物。また、車をひいた馬。ここでは牛車もふくめる。 馬の歩み押さへ止(とど)めよ住吉の岸の黄土(はにふ)ににほひて行かむ 万葉集・安倍豊継 *「馬を抑えて歩みを止め、降りて立ち寄り、住吉の岸の黄土で美しい色に染まっ…

花海棠

花海棠(ハナカイドウ)は、バラ科リンゴ属。一般に「カイドウ」とも呼ばれて、日本では広く北海道南部から九州まで栽培されている。落葉果樹で、原産地は中国。唐の玄宗皇帝が酔って眠る楊貴妃をハナカイドウにたとえた。 大きな実を付けるミカイドウ(ナガ…

命の歌(17/17)

限りなくいのちに沁むとひき寄せし さくら香あはしとらへどもなく 小此木とく子 *桜の花の匂いを嗅いで、その香りが命に沁みることを想像したのだ。 崩れくるこころに耐へていちにちを生きつぎてゆくいのちは長し 王藤内雅子 生きがたき命を今のつゆとして…

命の歌(16/17)

海に生(あ)れまた還りゆく生命ぞと青藍の雫(しづく) 掌に置く 比嘉美智子 *掌に置いた青藍の雫に命を思ったのだ。 二十五歳の母のからだにふと点る春三月のいのちなりけり 阿木津 英 *二十五歳の女性が三月に妊娠したことを歌にしたようだ。 そこまでと思…

命の歌(15/17)

空の辺にいのちをのべて啼くものの晨(あした)の声よいづこより来し 清原令子 千日に足らぬ命をはかなめば今朝若竹に露しとどなり 楠瀬兵五郎 ちちのみの父の命と引き換へに百首の歌を我は賜る 平田利栄 *父の臨終に際して評価の高い百首の歌を詠んだ、とい…

命の歌(14/17)

双乳(もろちち)はよし捨つるともたまきはる命を生きよ乳房なくとも 高橋誠一 *乳癌を患って摘出せざるを得ない女性への呼びかけ。相手は奥さんではなく娘さんのような印象だが、さて。 わがいのち暗闇(くらき)に醒めよ わがいのちひかりに熟れよ ナヴェ・ナ…

命の歌(13/17)

寂かなる鉛の部屋にゐてわれは放射能浴ぶ命の限り 福田栄一 *病気(例えば癌)の治療の場面なのだろうか? 不気味な情景である。 人の世の命のかぎり在りにしを亡きを亡しと思ふ境に至り得ず 土屋文明 命すぎ何をつくろはむこともなし皮をはぎ肉をすて骨を…

命の歌(12/17)

しばらくのいのち支へてゐる我に挽歌を聞かす夜の雨の音 君島夜詩 *君島夜(よ)詩(し)(1903―1991)は、大正-昭和時代の歌人。小泉苳三に師事し,大正11年「ポトナム」創刊に加わる。 死(しに)すればやすき生命(いのち)と友は言ふわれもしかおもふ兵は安しも …

命の歌(11/17)

そんならば生命が欲しくないのかと、医者に言はれて、だまりし心! 石川啄木 落葉木の下ゆくわれは死ぬるまで休むことなきいのちを持てり 川田 順 夢さめてさめたる夢は恋はねども春荒寥とわがいのちあり 筏井嘉一 在るまじき命を愛(を)しくうちまもる噴水(…

命の歌(10/17)

遺棄死体数百といひ数千といふいのちをふたつもちしものなし 土岐善麿 光無きいのちに在りてあめつちに生くとふことのいかに寂しき 若山牧水 グロキシニアつかみつぶせばしみじみとから紅のいのち忍ばゆ 北原白秋 *グロキシニア: イワタバコ科の常緑または…

命の歌(9/17)

生きてあらん命の道に迷ひつつ偽るすらも人は許さず 伊藤佐千夫 さびしさの極みに堪へて天地(あめつち)に寄する命をつくづくと思ふ 伊藤佐千夫 ありがたし今日の一日もわが命めぐみたまへり天(あま)と地(つち)と人と 佐佐木信綱 かしの実のひとつの道にます…