天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・平成七年「荻原」

荻原の葉末のまろき巣に生れしカワネズミの子等秋風をかぐ 伐採の山を追はれし鹿なるや入江の家の芝生食みゐる 雲の棲(す)む国メガラヤの少女等は水を背負ひて斜面を登る 波の穂に黒き人影立ち上がる秋の日射の茅ヶ崎の海 山鳩は社の鳩になじまざり枯木林に…

わが歌集・平成七年「聖夜」

夕暮れて人皆帰る仕事場にひとり書を読む聖夜なりけり 年一回相模湖にくる一団は湖底に沈む村の人々 四条流包丁の技伝へ来し包丁塚に蝉時雨降る 月山の修験終りて降りくれば町の匂ひに涙流るる サルバドール貧しき子等の朗らかに空缶たたくサンバのリズム 新…

わが歌集・平成五年「上昇気流」

北海の怒涛逆巻く河口には鮭の大群寄せてひしめく うちつれて上昇気流に舞ふ鶴のやがて越えゆくヒマラヤの峰 鎌倉へ 七首 広重の絵に描かれしと碑に謳ふ花の盛りの松並木跡 鏑矢をすべて当てたる太鼓打つ返す馬上に射手の碧き目 駆け込みの寺の昔は忘れよと…

わが歌集・平成四年「獅子頭」

苗植える水面に映る雲まぶし今は忘れん出稼ぎの町 夜更けても騒音絶えなき国道の間近きにあり出稼ぎの宿 フルートの音色かすかに香りたつコーヒーカップの匙のきらめき 秋暮れて帰りうながす妹を待たせて兄は道に輪を描く 肉削げし身となりたるにひたすらに…

「わが句集」について

新聞や雑誌の俳句欄、結社紙、NHK俳壇、俳句大会などに掲載されたわが作品を、投句を始めた平成四年から最近の令和二年まで一部未発表分を含めて(全3,031句)、 年ごとにご紹介しておきたい。なお作者名については、長く本名(秋田興一郎)を 使用してい…

「わが歌集」について

新聞や雑誌の短歌欄、結社紙、NHK歌壇、短歌大会などに掲載されたわが作品を、短歌を始めた平成四年から最近の令和二年まで一部未発表分を含めて(全4,807首)、年ごとにご紹介しておきたい。なお作者名については、長く本名(秋田興一郎)を使用していた…

歌集『サーベルと燕』について(4/4)

[巧みな修辞] あたたかき冬の日にして手つなぎあひ保育園児のおさんぽが行く 永平寺の修行僧といふ人生もありしか遠(をち)の遠(をち)の山辺に 松葉牡丹の花をうたひて色彩のとびちる如し斎藤茂吉 裕次郎「北の旅人」そのこゑはワイングラスのこころに沁み…

歌集『サーベルと燕』について(3/4)

[とり合せ、下句への転換、モンタージュ] 蒙古野の空にひびかふ雁のこゑ茂吉うたひしわれは読みつつ はかなごとおもひてをれば秋晴れに今朝は秩父のやまなみは見ゆ ゆふぐれのせまる寒風うけながら佃(つくだ)渡船(とせん)のいしぶみのまへ 谷川雁「毛沢東…

歌集『サーベルと燕』について(2/4)

[表記]ひらがな・カタカナ、漢字の使い方、読み方 ひらがな表記の例を次に。 和歌、短歌はひらがなから出発すべし、という信念が感じられる。 一瞬に金魚すくひの紙やぶれかなしみふかきこどもなりしか わが町にまだ銭湯のありしころエントツ立ちてけむり…

歌集『サーベルと燕』について(1/4)

*はじめに 小池光さんの十一番目の歌集が、砂小屋書房から8月26日に初版発行された。 小池光の生涯を、自身の生い立ち、祖父母、父母、弟、娘たちなど家族の思い出、 文学・音楽・美術など教養に関わる作品や知人の記憶 などが短歌作品として要約 されて…

知覚を詠むー痛み(2/2)

焼土にためらひもなく雪ふれるまひるのこころはつかに痛き 大野誠夫 青空にふと浮かびたる我身なりきこの醒めぎはのいたましきかな 若山喜志子 勢へる野戦志願の兵見れば寧(むし)ろいたましき心も湧きぬ 渡辺直己 戦ひに疑ひて死にゆきし者いたましくわづか…

知覚を詠むー痛み(1/2)

「痛み」とは、生理的にも心理的も外部から強い刺激を受けた時の苦しみをいう。「いたまし」は、我が身と比べ相手をかわいそうに思う意。(辞典による) 丹生(にふ)の河瀬は渡らずてゆくゆくと恋(こひ)痛きわが背(せ)いで 通(かよ)ひ来(こ)ね 万葉集・長皇子…

知覚を詠むー暑さ・寒さ(3/3)

霜の上にけさ降る雪の寒ければかさねて人をつらしとぞ思ふ 新古今集・源 重之 明けぬるか衣手さむしすがはらや伏見のさとの秋のはつ風 新古今集・藤原家隆 春といへどまだ寒むからし茨(ばら)の葉に面(かほ)寄する馬の太く嚏(はなひ)る 北原白秋 川水の寒けく…

知覚を詠むー暑さ・寒さ(2/3)

あつき日を幾日も吸ひてつゆ甘く葡萄の熟す深き夏かな 木下利玄 ひげのびし顔涙して寝るかたへ熱き体を汝も並ぶる 近藤芳美 ゆきづまりの空地に来り考えし暑き夕べとのみ記憶せり 岡部桂一郎 ながらふる妻吹く風の寒き夜にわが夫(せ)の君はひとりか寝(ぬ)ら…

知覚を詠むー暑さ・寒さ(1/3)

ひとへなる蝉の羽衣夏はなほうすしといへどあつくぞ有りける 後拾遺集・能因 水の音に暑さ忘るるまとゐかな梢の蝉の声もまぎれて 山家集・西行 涼しくも衣手かろし御祓(みそぎ)川あつけはらひてかへるさの森 藤原為忠 *あつけ: 暑気 行きなやむ牛の歩みに…

知覚を詠むー光・闇(3/3)

風のおと響きたつとき閃くと思ひて冬の光浴びゐる 鈴木幸輔 行きまがふけだものとわれひかりもち樹下の雪に青く灯りつ 前 登志夫 噴水が輝きながら立ちあがる見よ天を指す光の束を 佐佐木幸綱 竹は内部に純白の闇育て来ていま鳴れりその一つ一つの闇が 佐佐…

知覚を詠むー光・闇(2/3)

照る月も雲のよそにぞ行きめぐる花ぞこの世の光なりける 新古今集・藤原俊成 久方の中なる河の鵜かひ舟いかにちぎりてやみを待つらむ 新古今集・藤原定家 光そふ木の間の月におどろけば秋のなかばのさやの中山 新勅撰集・藤原家隆 人の親の心はやみにあらね…

知覚を詠むー光・闇(1/3)

油(あぶら)火(び)の光に見ゆるわが蘰(かづら)さ百合の花の笑(ゑ)まはしきかも 万葉集・大伴家持 月よみの光を清み神島の磯廻(いそみ)の浦ゆ船出(ふなで)すわれは 万葉集・作者未詳 久にあらむ君を思ふにひさかたの清き月夜も闇のみに見ゆ 万葉集・作者未詳 …

歌集『夜のあすなろ』(6/6)

*日本やヨーロッパを旅する懐かしい歌枕 夕ぐれにまだいとまある由布島(ゆぶじま)のみづにひたりて牛らいこへる 無量寺の庭のつつじのはなの蜜こぞりて吸ひき学童われら 日あたれる入笠山(にふかさやま)のやま肌にわれはも立ちて呼びし谺(こだま)よ 矢がす…

歌集『夜のあすなろ』(5/6)

*平易な比喩表現 あぶちろん花の名前はひとしきりわたしに灯る客人(まらうど)のごと 情(じやう)ふかき女のごとし夜(よ)はふけてしんしん雪が降るふりつもる 赤彦が子の声ききし終(つひ)の部屋いづれば山はかぶさるごとし おほきなる毬藻(まりも)のやうな宿…

歌集『夜のあすなろ』(4/6)

*リフレインによる韻律の工夫 狂はない狂はば狂へ なかぞらに月をひく馬ふいにあらはれ 秩父路のよぢれよぢれのいつぽんの柘榴(ざくろ)に積もる雪をおもへり 山の影抱(いだ)きわづかに紅葉(もみぢ)する山のかなたに山けぶりゐき 散り残りまたちりのこり飛切…

歌集『夜のあすなろ』(3/6)

*現代短歌に添ったカタカナ語 着水のしぶき激しき雄がまさる紫イトマキエイの求愛 いつのまに入り込みしかフリースのわがポケットの一匹の蜂 マンションのケージに兎ねむりをり冷蔵庫のなか白葱は伸び 篠笛にあまりにアラブヴァイオリン響きあふゆゑわが泣…

歌集『夜のあすなろ』(2/6)

*オノマトペ はらほろり風船かづらしら花にほらふりはらり七月の雨 ぴしぴしと目高はひかりくぐりをりすいれん鉢に七月の雨 情(じやう)ふかき女のごとし夜(よ)はふけてしんしん雪が降るふりつもる かすていらほろろほぐるる春の日やわが手のひらに雀子よ来(…

歌集『夜のあすなろ』(1/6)

佐々木通代さん(「短歌人」同人)の第二歌集が、9月5日付で六花書林から発行された。短歌を学ぶ人たちにとってはもちろんのこと、短歌を作らない読者にとっても感銘を与える歌集になっている。家族・知人や歌枕(旅)を中心とした日常詠なのだが、短歌表…

歌人を詠むー方代

白い靴一つ仕上げて人なみに方代も春を待っているなり 山崎方代 このわれが山崎方代でもあると云うこの感情をまずあばくべし 山崎方代 間引きそこねてうまれ来しかば人も呼ぶ死んでも生きても方代である 山崎方代 犢鼻褌(たふさぎ)のごとくにひろきネクタイ…

歌人を詠むー定家

夜の対峙しずかにぞ解くわがうちの定家は熱き手のひらをもつ 川口常孝 歌ひつづけて我(が)は通さむずその昔定家も「袖より鴫の立つ」たる 塚本邦雄 *藤原定家の歌: からころも裾野の庵の旅まくら袖より鴫の立つ心地する 定家三十一「薄雪こほる寂しさの果…

歌人を詠むー茂吉(3/3)

以下はわが(天野 翔 本名・秋田興一郎)作品 上山茂吉記念館の庭に立ち夏の蔵王のけぶれるを見き JR「茂吉記念館前」駅に消化不良の腹抱へゐつ 臭素加里、臭素ナトリウム、重曹、苦丁、浄水に飲めと茂吉の処方 論争を好める性(さが)は茂吉とも共通したり…

歌人を詠むー茂吉(2/3)

斎藤茂吉斎藤茂吉とつぶやきて教室に入り教室を出づ 清水房雄 茂吉短歌戦ひの歌を読み返すやつぱりさうかと首肯きにつつ 清水房雄 小さき脳をスライスにして染めているこの学生は茂吉を知らぬ 永田和宏 茂吉先生丁寧に聴診器当てたまひしこともおろそかなら…

歌人を詠むー茂吉(1/3)

茂吉翁の地下足袋はけるさながらに人立てる見ゆ太鼓店の前 鹿児島寿蔵 黙し立つ茂吉先生におづおづと吾の近寄る明方の夢 結城哀草果 懐中にサックを携帯せし茂吉ふさ子を隠しきりし茂吉よ 阿木津 英 歌会の後斎藤茂吉先き立ちき皆溌剌として溝にほふ街に 吉…

歌人を詠むー子規(3/3)

息あへぐ子規に書く気をおこさしし土佐半紙ありて「仰臥漫録」 楠瀬兵五郎 便通を山のごとしと記す子規 山をも食わむ勢いの子規 大島史洋 子規生まれ山頭火死せし伊豫国の古湯の滾ちに椿(つばき)樹ありき 穴澤芳江 アルス版子規全集の好ましく書物にも血が通…