白秋の『雲母集』(7)
富獄三十六景
絵の内容はよく知られているように、のどかな田園風景の真中に桶づくりに精を出している箍かけ職人をあしらっている。大きな円の構図。桶の円輪郭が雄大な富士山を呑み込む。輪は無限の宇宙を表し、その中に水田、森がひろがり、その支点に小さな三角形の富士山。輪円の中に壮大な宇宙がひろがる(中右 瑛)。白秋は葛飾北斎の鋭い造型感覚を短歌に応用し、部分を拡大描写する手法でシュールな情感を獲得した。北斎の造形感覚が現われている『雲母集』の歌の例は多い。次に三首だけあげておく。
大きなる手があらはれて昼深し上から卵をつかみけるかも
城ヶ島さつとひろげし投網(なげあみ)のなかに大日
くるめきにけり
赤々と夕日廻れば一またぎ向うの小山を人跨ぐ見ゆ
はろばろに枯木わくれば甘藷畑(いもばたけ)おつ魂げる
やうな日が落ちて居る
ちなみに、『雲母集』には、富士を詠んだ歌が十五首もある。三崎から相模湾越しに見る富士の姿は、白秋でなくとも北斎の「神奈川沖波裏」を想わせる絶景である。