天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

底抜ノ井

鎌倉・海蔵寺にて

 鎌倉には鎌倉五山鎌倉七口切通)・鎌倉十橋というように名数で数えた史跡がある。鎌倉十井とは、瓶ノ井(明月院)、甘露ノ井(浄智寺)、底抜ノ井(海蔵寺)、棟立ノ井(覚園寺)、星ノ井、扇ノ井、泉ノ井、鉄ノ井、銚子ノ井、六角ノ井 という十箇所の井戸である。
 今回は海蔵寺の底抜ノ井と十六井戸を訪ねた。底抜ノ井の名前の由来は、金沢顕時夫人が尼になって作った

  千代能がいただく桶の底抜けて水たまらねば
  月もやどらじ

という悟り(?)の歌にあるとのこと。底抜ノ井は門前にあるので自由に見れるが、十六井戸を見るには、百円を払って路地奥に入る必要がある。この井戸は墓所という説と十六菩薩に捧げる功徳水という説があるらしい。墓所だったと言われると納得しそうになるが、湧水の場所であるなら考えられない。
 今となっては珍しくなった井戸だが、昭和期の歌人たちにはその歌がある。以下の例はたまたまだが、前川佐美雄と縁の深い歌人たちであり、いずれも故人になった。


  この朝け井戸の中より白きもの羽ばたきて飛び梅雨も晴れたり
                        前川佐美雄
  湧き馴れし水はいづこに逃れゆく野の井戸をうめて人等去りたり
                        斉藤 史
  青空の井戸よわが汲む夕あかり行く方を思へただ思へとや
                        山中智恵子
  汲みあげる真昼の井戸の滑車鳴り道行くわれの夏の紅
                        前登志夫


  尼御前が悟りの歌を詠みしとふ底抜ノ井は水あふれたり