辛夷やはくもくれんの花の時期は、とっくに過ぎているのに、紫木蓮(しもくれん)は今頃花を咲かせている。前にも述べたが、「もくれん」という場合には、通常、この紫木蓮を指す。
夕光(ゆふかげ)にあからさまなる木蓮の花びら厚し風たえしかば
佐藤佐太郎
いさかひし記憶ふたたびいきいきと夜の烈風に向く紫木蓮
塚本邦雄
褒貶(ほうへん)何するものぞ五月の夜の空を紫木蘭百の蕾が
突き刺す 塚本邦雄
はればれと身を持ち崩すなりゆきの恍たるままに風の木蓮
安永蕗子
いにしえの王のごと前髪を吹かれてあゆむ紫木蓮まで
阿木津英
塚本邦雄の歌は、いずれも歌集『詩魂玲瓏』に載っているものである。多分、彼が紫木蓮を詠んだのは、この二首のみと思われる。