鑑賞の文学 ―短歌篇(2)―
たまきはる宇智(うち)の大野(おほぬ)に馬(うま)並(な)めて
朝(あさ)踏(ふ)ますらむその草深野(くさふかぬ)
中皇命『万葉集』
[斎藤茂吉](『万葉秀歌』から、この歌の鑑賞の要点のみを以下に。)
一首は、豊腴(ほうゆ)にして荘潔、些(いささか)の渋滞なくその歌調を完(まつと)うして、日本古語の優秀な特色が隈(くま)なくこの一首に出ているとおもわれるほどである。句割れなどいうものは一つもなく、第三句で「て」を置いたかとおもうと、第四句で、「朝踏ますらむ」と流動的に据えて、小休止となり、結句で二たび起して重厚荘潔なる名詞止にしている。この名詞の結句にふかい感情がこもり余響が長いのである。「その」などという続けざまでも言語の妙いうべからざるものがある。万葉集中最高峰の一つとして敬うべく尊むべきものだとおもうのである。
この茂吉の鑑賞を実感として理解するにせよ反論するにせよ、読者にはそれなりの言語感覚と歌作経験が必要になる。そうでなければ、鵜呑みにして受け売りをすることになりかねない。