天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

鑑賞の文学 ―俳句篇(26)―

中央公論新社刊

     春風や海の細道三千里   長谷川櫂『海の細道』


 今年1月20日に紹介したのは、NHK制作・著作のテレビ番組「俳句紀行シリーズ 海の細道をゆく」であったが、このほど詳細な紀行文が本になって刊行された。テレビでは、長谷川櫂の露出が多いことやその話が物足りなかったことの不満があったのだが、本では新鮮な観点から読みやすい文章が展開されている。挿入の写真も現代的センスでなかなか良い。海の細道とは、琵琶湖から始まり淀川を下って大阪湾、明石の門、瀬戸内海、下関、日本海へと続く水路である。芭蕉が夢に描いていたであろう西国の歌枕を、長谷川櫂が想定して訪れた。彼の想像では、芭蕉の旅は、さらに壱岐対馬朝鮮半島を経て杜甫終焉の地である中国揚子江下流・湘江までと雄大なものである。台湾や沖縄までも足を伸ばしている。その紀行文が芭蕉の『奥の細道』に対応した『海の細道』なのだ。元になった紀行文は、『読売新聞』夕刊に二0一一年一月四日から二0一二年一月一四日まで連載された。なお彼のこの構想は二十年前に遡るという。
 第一章から他の句を引いておく。琵琶湖が海をわって中国へとつづく水上の道のはじまりとする。

     冬の月さし入る舟に涅槃かな
     大河流れてたんぽぽの花幾万
     春潮のさらはんとする庵あり
     鮒ずしといふ湖に残る雪
     鶯や主三百年の留守