夏の風(2)
文献的に最も古い風の名に「あいの風」があるという。
東(あゆ)の風いたく吹くらし奈呉の海士の釣りする小舟
漕ぎかくるみゆ 万葉集・大伴家持
家持は越中国に国司として滞在していたが、そこの方言で「あいの風」を「あゆの風」と訛った。類似の風に、「地あゆ」「土用あい」「一つあゆ」「まあゆ」などあるが、説明は省略。
次は青のつく風。青嵐、青東風、土用東風、青田風など。
長雨の空吹き出だせ青嵐 素堂
其の中に楠高し青嵐 正岡子規
濃き墨のかはきやすさよ青嵐 橋本多佳子
土用東風八つ手は黒き実をこぼす 高橋淡路女
青嵐去れり五十を晩年とおもひしばらくのちにおもはず
塚本邦雄
三番目には「南風(はえ、はい、みなみ)」の関係。荒南風、沖南風、夏至南風、黒南風、白南風、ながし南風、正南風(まはえ) など。さらに南風が訛って、地方によっては「まじ」「まぜ」などとも。あぶらまぜ、送南風(おくれまじ)、はえまぜ、はえまじの風 などもあるのでややこしい。
黒南風に水汲み入るる戸口かな 原 石鼎
地の闇を這ひなく猫や夜の南風(まぜ) 原 石鼎
白南風や背戸を出づれば杏村 室生犀星
いち早き春の光に会いに来ぬ黒南風渡る波切(なきり)の海に
道浦母都子
どんよりと曇り日つづく黒南風はチェロのごときを抱きてをらずや
檪原 聰
ほぐれゆく芭蕉巻葉を揺らしつつ南風は豊かに邑を過ぎれる
楚南弘子