天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

鑑賞の文学―短歌篇(37)―

「万葉集を読む会」発行

 以前にも数回ご紹介した横浜の「万葉集を読む会」が、年一回発行してきた『丘のうえの樹』が今年で最終回になるという。その冊子を短歌人会の川井怜子さんから頂いた。参加しているメンバーが万葉集をいろんな角度から読み込んで勉強されていることがよくわかる。最終版の中から、現代に結び付けて活かそうという意図のエッセイを以下に簡単にご紹介しよう。


1.「ま幸(さき)くあらば」の二首の歌  荒井啓子
    岩代の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む
                     (巻二・141)
    わが命し真幸くあらばまたも見む志賀の大津に寄する白波
                     (巻三・288)

  「ま幸く」の歌は、万葉集に十数首あると解説した上で、荒井さんは
  この語感が心に響くという。その背景には震災復興支援ツアーに参加
  して、惨状と周辺の力強い自然を見たことがあった。


2.長歌を詠む   川井怜子
  万葉集長歌に倣って川井さんの家族の日常の出来事を長歌にして
  いる。
    殊更に暑き夏のある日怒濤のやうに訪れし一事を詠める歌一首
    并せて短歌
  と題する意欲作である。引用は長くなるので省略するが、枕詞の多用
  が目立つ。柿本人麿が多数工夫した枕詞は、平安時代以降、使用され
  る種類が激減した。近現代以降に生まれた言葉にこうした枕詞を適用
  する時の問題は、囃し言葉のように口調が滑らかになるだけに茶化し
  ・戯画化・遊び と感じられてしまうことである。川井さんの長歌
  作品は、遊園地で息子さん家族に起った出来事(急病)を詠んだもの
  だが、深刻になりそうな雰囲気を、おげさに枕詞を使うことで、和ら
  げているという効果がある。


3.お・も・て・な・し 二題  五味孝子
  東京へのオリンピック招致の演説でおおいに話題になった「おもて
  なし」の精神を、万葉集に見るという興味あるエッセイ。次の二通
  りのおもてなしの歌をあげて解説している。
   あらかじめ 君来まさむと知(しり)ませば 門(かど)に屋戸
   (やど)にも珠敷かましを        (1013)
   前日(をとつい)も昨日(きのふ)も今日(けふ)も見つれども 
   明日(あす)さえ見まく欲しき君かも   (1014)
  二首目は、大伴旅人が筑紫の官人31人を招待した「梅花の宴」
  での供応。和食が文化遺産に登録されたことにも言及し、万葉の
  頃の食文化にふれている。


4.母の愛    竹内明子
  遣唐使として出発する子に母親が贈った長歌反歌から説き起こし、
  日露戦争時の弟を思う与謝野晶子の歌そして太平洋戦争時の特攻
  兵士の残した歌にまで及び肉親の情に思いをはせている。引用して
  いる万葉集の歌は「天平五年発酉、遣唐使の船難波を発ちて海に入
  る時に、親母の子に贈る歌一首併せて短歌」という題詞をもつ長歌
  に対する反歌で、次の有名なもの。
    旅人の宿りせむ野に霜降らば我が子羽ぐくめ天(あめ)の鶴群
    (たづむら)               (巻九・1791)
  また特攻兵士の歌は次のもの。
    南海にたとえこの身は果つるともいくとせ後の春を思えば
  当時の兵士たちが詠んだ類型の辞世歌だが、その心情を汲んで竹内
  さんは「尊い命と引き換えに私たちに託した後の世の春は、今果し
  て明るく美しい春となっているのでしょうか。」と結んでいる。