天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

句集『遺産』を読む(1)

ふらんす堂から

 森尻禮子さんの第二句集『遺産』がふらんす堂から発刊された。
俳句の本質が、諧謔にあることは、ややもすると忘れられがちで、客観写生や境涯詠が注目されることが多い。また俳諧とか諧謔とかの言葉は、古臭く現代のセンスに合わない、とも思われる。だが、森尻さんのこの句集を読むと、上質の機知・ユーモアが感じられ、現代俳句における「俳」「諧」の意味を理解することができる。以下に例句をあげる。中には、解釈の難しいものもあるが、それは読者に期待しよう。


     天水桶あふるる律の調べかな
     晩白柚清濁あはせ持てる貌
     わが町のけふユトリロの冬景色
     息白し酸素水素が見えさうな
     めぐすりの木へ降り立ちぬ龍田姫
     待春の灯りほのかや二月堂
     檸檬切る一瞬殺気のやうなもの
     火をつけてみたき枯野となりにけり
     蝉時雨いつか夜雨のカラマーゾフ
     目つむれば魁夷の白馬青山河
     瑠璃玻璃の秋日啄む孔雀かな
     くさめして嚏といふ字ちりぢりに
     凛といふ文字ひとつづつ梅ひらく
     白河や紅葉の小枝かざしゆく
     したたかに打つて寒九の向う脛
     紅茸や童話の国へ道しるべ
     揺り椅子のゆれ残りをる暖炉かな
     さざ波はさざ波のまま氷る沼
     すずやかに黒き金魚の貴人めく
     日の本のあけぼのの色朱鷺巣立つ
     虚空より降りて尺蠖地を測る
     玻璃ぬちの大麻拳銃日雷
     大湯屋に柊挿して延暦寺
     アカコッコ羊歯の茂みにまぎれけり


先人への挨拶句もある。例えば、福島で詠まれた「白河や紅葉の小枝かざしゆく」は、芭蕉奥の細道』に出てくる曽良の句「卯の花をかざしに関の晴着かな」を踏まえている。