歌集『蜜蜂の箱』(1/3)
佐々木通代さん(短歌人所属)の歌集(六花書林刊)である。2010年以前に詠まれた作品が作成順に三四四首載っている。幼い頃から詩や短歌を声に出して読むのが好きだった、と「あとがき」にあるが、そうして養われた感性が、作品に反映されて、詩情ゆたかな歌集になっている。
頻度の高いレトリックは、比喩とオノマトペで、いずれも15%程度ある。この傾向は、短歌に限らず、詩一般に見られる。心に響く印象深い作品になるかどうかが問われる。佐々木さんの例をあげよう。
比喩の例
つぎつぎと廻りきたれる寿司を食ふ道玄坂のブロイラーたち
餌をうけし鯉はすばやくターンせりボール奪へるラガーの如く
自転車をなぎ倒したり まだおのが幅に慣れない冬外套
(オーバーコート)
わたくしの血に満ちたりし蚊がひとつ遠き汽笛のひびきのこせり
立ちすくむ恐竜のやう 新都心の秋の背(そびら)がしんと耀ふ
オノマトペの例
消えのこる雪は汚れるほかはなしザムザムザムザム犬が踏みゆく
ひるのガレージ密やかにしてそれはもうふはふはの猫入りゆきたり
ぽよぽよの土筆だつたね塾の庭あをあをとして杉菜はそよぐ
はつはるの若狭塗箸たのまむにつるりつるりと逃げる蒟蒻
短歌にとって重要な要素に韻律があるが、これは音や言葉のリフレインから生れる。歌集の中の特徴ある例を次にあげよう。
外壁にぶつかりぶつかり老犬が家のめぐりをめぐる月の夜
夕ぐれのポストへ落すひとひらのハガキ羽沢鶴瀬の母へ
立てなくなり目覚めなくなり雨あがりわたしの犬は死んでしまへり
歩けないのは杖がないからさうだよね杖さへあれば杖さがさうね
取りいだすためのくさぐさ箱につめ転居といふはつくづく徒労
ねむりつつ干あがりにつつすこしづつ死にゆきたりしわが老犬は