歌集『ここからが空』(1/2)
春野りりんさん(「短歌人」所属)の第一歌集で、本阿弥書店からこの七月に刊行された。二読三読してみて、現代短歌の一金字塔になると思った。
現代の題材を詠むのに、日本の古典の雅な言葉使いをさりげなく取り入れ、ひらがな表記の優雅さと漢字や外国語・カタカナ言葉とがバランスよく使われている。また短歌に、クラシック音楽のロンド形式を取り入れるという先進的な試みもなされている。以下に例歌をあげる。*印は私の註釈である。
青草をのぼりつめたる天道虫ゆくりなく割れここからが空
うつし世の水に映れる影うすくひたぶるに恋ふ天の水差し
夏は夜 子の音読をききながら剥けばかがよふグリーンキウイ
*枕草子の「夏は夜。月のころはさらなり。」を思い出す。
うつしみへかへるよすがに光りなむねむりのまへのひとくちの水
*漢字は「光」と「水」の二カ所のみ。ひらがな表記の味わい。
てのひらのサイズにたたむロンパース箪笥に未生の時間いきづく
*カタカナ語と漢字の折り合い。
さやうならエトランゼとしてすれちがふわれらのあひに花信風立つ
*エトランゼも花信風(桜の咲く時期を知らせる風)も美しい言葉。
仰ぐ織る仰ぐさしだす仰ぐ待つ仰ぐひろがる 輪舞曲(ロンド)の生は
*大ロンド形式(ABACADA)の言葉配置になっている。
アリババの罪をおもへば霧ふかくダイヤモンドのひかりは呑まる
*「アリババと四十人の盗賊」のことを思ってしまうが、さにあらず、
中国の電子商取引最大手のアリババ・ドット・コムで起きた不正取引
が題材。二重写しの技法。