歌集『ぽんの不思議の』(1/2)
小島熱子さん(「短歌人」所属)の第四歌集である。読み終えてから小池光さんの帯文の的確さがよく分る。その確認は、読者におまかせするとして、以下の分析は、私独自の見方である。
表現上の特徴としては、従来と同様に直喩、オノマトペが多い。
□比喩[直喩] さまざまの様式が現れる。
すずかけの道に飛白のやうな翳しづかに射程距離がちぢまる
幻燈機に映写されたるひとのごと居間に夫がものを食べをり
秋の日の美文調なるあかるさにカフスボタンをとめてあゆみつ
ひとつひとつ扉通るたび施錠され刑務所にわれも鎖さるる心地
畑中のほそき道とほくしろじろとなくなりさうに続きてをりぬ
雨に濡るる欅のたかき枝の間に宇宙船に似てくらき宿木
さながらに冬眠の熊とおもひつつふとんを被るけふはおしまひ
□オノマトペ 平凡でない工夫が重要。
本堂にシタールを聴くびやうんびやうん地震があつてさくら
が散つて
ほつほつと名残りのばらのあるばかり薔薇園は冬のひかりの散乱
葉の落ちし欅のくろき細枝が揺れをりふおんふおおんふおん
足羽山全山群青しとどなる雨にうつうつねむるあぢさゐ
犬の舌の影ちろちろとくろぐろと揺れつつ灼ける舗道(しきみち)
をゆく
真闇よりとぽんとぽんと雨だれがコップに落つる 今はいつなの
また、熟練の技として、次の例のように古典的語法やひらがな表記にも惹かれる。
□古典的語法 現代短歌と和歌のかけ橋になる。
たまかぎるほのかに残る雨の香にもしかして邃きところに来(きた)る
うすやみにウルトラマリンのスカートが遠ぞきてゆく あれは純音
「はくたか」の乗り換へ駅はうちつけに十三時五分吹雪のさなか
ジャグジー湯におどる黄の柚子おとがひに寄りきてつぎつぎ喃語
つぶやく
よしゑやしされば案ずるに及ばぬときのふと同じことをなしたり
恃むとは力のいることゆくりなくめくる絵本のやはらかき色
くれなゐの木瓜の残花にありなしのむかしの風吹く旧八雲邸
たつぷりと妖言(およづれごと)をいひたればあるいは変はる
かはらないかはる
□ひらがな表記の魅力・効果 和歌の優雅さを思わせる。
りぼんむすびてふてふむすびとふことばこの世にありてはやもゆふぐれ
あるならむこの紺青のゆふぐれにみみたぶたぷんと泛かべるところ
はるかよりふりくるあはゆきあふぎつつほのくれなゐの椿とわれと
あかつきのひかりしづかに差してをりいつか無くなるわたし、この家
ほほづきとからすうりの朱によばれつつゆつくりはやくわたくし昏るる
あんずの木に子供自転車たてかけてゆくへふめいのをさなごあそぶ