時計(6)
時計屋さんの店先を通るたびに、夜中になると数多くの時計が一斉に時を告げて鳴るはずだが、店の家族は、どこに寝ているのだろうと心配になることがある。時計屋さんに入って時計を物色している時に、一斉に時を告げる事態に遭遇したことがないので、未だに心配の種はつきない。むろん、防音装置が施してあるはずだから、近所迷惑にはならない。
父生きてあらば九十歳(きふじふ)の誕生日形見の時計
遅れゐるなほす 伊藤一彦
大谷時計店明治生れのわが祖父のある朝いつせいに時計
鳴りいづ 大谷和子
高曇る原歩み来ておそ夏の日のあと白き時計をはづす
栗原孝子
お互ひに背筋伸ばしてキャンパスに日時計と機械時計
の時刻 河路由佳
しゃらんぽん 古き時計は椅子に凭れしねむりの上に
打ちたり 葛原妙子
われを枕(ま)く腕あればその手首より時計はづしぬ小さき
無機物を 森山晴美