天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

風の詩情(3)

歌川広重の浮世絵から

 六首目の藤原勝臣の歌は、船で旅立つ人との別れをうまく表現している。白波の水脈も見えないほどに遠ざかる船を見送っている。旅だった人の便りは風だけになるという。通釈では、「どこを目指して行けばよいのか、行方も知れぬ恋にとっては、風の便りだけが頼りなのだ」とする。


  かすみたつ春の山辺はとほけれど吹きくる風は花の香ぞする
                 在原元方古今集
  袖ひぢてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ
                  紀貫之古今集
  夏と秋とゆきかふ空のかよひぢはかたへ涼しき風や吹くらむ
                凡河内躬恒古今集
  山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり
                 春道列樹古今集
  我が門に稲おほせ鳥の鳴くなべにけさ吹く風に雁は来にけり
                読人しらず『古今集
  白波のあとなきかたに行く船も風ぞたよりのしるべなりける
                 藤原勝臣『古今集
  風吹けば嶺峰にわかるる白雲のたえてつれなき君がこころか
                 壬生忠岑古今集
  宮城野のもとあらの小萩露をおもみ風を待つごと君をこそまて
                読人しらず『古今集