天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌枕―富士

下曽我から見た富士山

 雄大で美しい山容の富士山は現在でも活火山である。その噴火の歴史は長い(10万年の噴火史)。平安時代に多く、800年から1083年までの間に10回程度、1435年、1511年にも噴火や火映等の活動があったことが調査で知られている。特に大規模な噴火は、貞観大噴火(864年)と宝永大噴火(1707年)であった。最近になって噴火が近いとの予測もあり、その際のハザードマップまで検討されている。
 以下では、燃えているとか煙が立つと詠まれている作品が参考になる。


  田子の浦ゆうち出でて見ればま白にそ富士の高嶺に雪は降りける
                    山部赤人万葉集
  我妹子に逢ふよしをなみ駿河なる富士の高嶺の燃えつつかあらむ
                    作者不詳『万葉集
  君といへば見まれ見ずまれ富士の嶺のめづらしげなく燃ゆるわが恋
                    藤原忠行『古今集
   時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ
                   在原業平新古今集
  富士の嶺の煙もなほぞ立ちのぼるうへなきものはおもひなりけり
                   藤原家隆新古今集
  風になびく富士の煙の空にきえて行方も知らぬ我が思ひかな
                     西行新古今集

  *この西行の歌が詠まれた場所は、南巨摩郡南部町の甲駿街道(西行峠)
   という説があり、西行公園になっている。西行は68歳の時、東国行脚の
   途中、駿河の国から富士川に沿って甲斐の国に入り、この峠に至って
   富士の噴煙を見たという。西行がしばらく滞在した庵の跡もある。


  ふき出づる富士のけむりにはかなさをおぼへて詠みし旅の西行
  老づきし身をしみじみとかへりみる旅の空なる富士のけむりに
  やがてくる噴火のさまを想ふべく万葉古今の富士の歌読む