天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身につまされる遺歌集(1/2)

歌集『いとしきもの』

 歌集『いとしきもの』田村よしてる 六花書林 が届いた。田村さんは去年十二月二十八日に六十六歳で亡くなった。浦和実業学園高校の理科の先生で、小池光さんの同僚であった。2001年に、その小池さんを師匠と決めて短歌人に入会した。生前から歌集を出したい、と希望されていたこともあり、遺歌集になってしまったが、関係者の尽力で、十五年の作歌活動の集大成となった。
 歌集にするための選歌と序文を小池光さんが担当。教師仲間の松丸武史さん、野村裕心さん そして歌仲間の佐々木通代さんが追悼文を書いている。また短歌人会の有志が原稿の校正などに協力した、とのこと。大変幸せな歌集であるが、身につまされる内容になっており、田村よしてるさんの生涯がうかがえて感動する。
 歌集作品を田村さんの人生のいくつかの局面で分類することができる。(1)生立ち (2)父母のこと (3)娘のこと (4)教師生活 (5)持病 (6)家庭(妻、飼い猫) (7)旅・自然 (8)社会批評 (9)仲間のこと (10)人名短歌 等々。
 今回と次回で、私にとって興味深い生立ちと父母のこと、教師生活、持病の三局面にして、関連する作品をそれぞれ十首ずつあげてみたい。


[生立ちと父母のこと] 両親は作者が少年の頃離婚し、作者と母の母子家庭になったようだ。父は再婚して、母違いの妹が生まれた。その父も亡くなったが、作者は墓の場所も知らなかった。

  顔も名もわれは知らねど年若き妹ひとりの縁(えにし)をおもふ
  赤い灯(ひ)がもはや巷に消えしころ空気銃抱く少年吾は
  きはまりて針箱投げし母の子の、投げつけられし父の子のわれ
  我が生の営みの直下二千米(メートル)、秩父古生層横たはりたり
  リハビリにけふは輪投げをせしと言ふ母の躯のわづか春めく
  わが生れし日のことなどをふと想ひたり母の骸の額(ぬか)にふれつつ
  憎むべきことさへ朧(おぼろ)、今生に別れてとほく老いし父あり
  亡き父をしのびて涙せしきのふ 未だに墓のあり処もしらず
  質素ではありしが母の手づくりのあさげゆふげは卓袱台の上(へ)に
  軍隊の日々を多くは語らざりし父の形見の水筒ひとつ