身につまされる遺歌集(2/2)
[教師生活] 生徒の面倒をよく見て人気のある先生であったようだ。
ニュートンの瞳の色と落体の林檎の色を語りし授業
晴天に真白き富士の雄なるを眺めて朝の授業に向かふ
「あ、香水が変はつた」と生徒言ひにけり若き教師とすれ
ちがひざま
青春は嗚呼、肉まんをほほばりて秋のゆふぐれ部活の帰り
嫁ぎゆく先生の真赤な口紅を少年はただ見つめてゐたり
こころ病むあすみのために保健室の隅に机と椅子は置かれる
巣ごと落ちし子鴉二羽で持ちきりの浦和実業学園高校
教へ子はやがて教師になりたれど不器用ゆゑに職失へり
放課後の廊下の端にわれを待ち去年のクラスを懐かしむ子ら
大安のけふ巣立ちゆく生徒らの制服濡らす雨のしづけさ
[持病] 心臓と歯が弱かった。この心臓疾患が命取りになってしまった。
なまなましき情(じやう)を糧とし拡張型心筋症の心臓を持つ
上顎の両の奥歯がぐらつきぬ医者にもかからず重力まかせ
うたたねのとばくち辺り口腔になじまぬ義歯が邪魔をするなり
不整なるリズムのままに絶え間なくわが心臓はけふも稼働す
膨張する風船のやうな心臓を励まし励まし「ジゴキシン」服む
循環器内科にけふも心臓といふより心のためにし通ふ
白内障じわじわ進み左目の視野は今夏で限界となる
眼帯のとれて晴れ晴れ見上げたる空には夏の白雲ひとつ
知らぬ間にからころぽろり赤玉が出でてしまひしわれかと思ふ
不摂生のきはみにありし日日(にちにち)のとどのつまりは心臓肥大
別の局面についてもさらに幅を広げて読むと、ひとりの男の生涯が生々しく浮かび上がってきて、読者は自分の人生を振り返る機会になる。