俳句―取合せ論(5/5)
さらに連結語を省略する場合に古典(漢詩、和歌、能・謡、物語など)の知識を前提とすることがある。本歌取りに当る。次に芭蕉の例をいくつかあげる。
杜若われに発句のおもひあり
1.季語=杜若 2.取合せ語=われに発句のおもひ
3.連結語=省略
芭蕉が八橋近くに滞在して、次の有名な折り句の歌を思って詠んだものである。
から衣きつつなれにし妻しあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ
在原業平『伊勢物語』『古今和歌集』
三井寺の門たたかばやけふの月
1.季語=けふの月 2.取合せ語=三井寺の門たたかばや
3.連結語=省略
謡曲「融」の場面で、ワキ「僧は敲く月下の門。」の文句を踏む。
ほととぎす啼くや五尺の菖草
1.季語=ほととぎす 2.取合せ語=五尺の菖草
3.連結語=省略
『古今集』読人知らずの歌「郭公鳴くや五月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな」の上句をとって、五月を五尺に置き換え発句にした。
こうした俳句の構造を寺田寅彦は「俳諧の本質的概論」において、次のように解明している。
「・・・ 取り合わせる二つのものの選択の方針がいろいろある。
それは二つのものを連結する糸が常識的論理的な意識の上層を通過
しているか、あるいは古典の中のある插話(そうわ)で結ばれているか、
あるいはまた、潜在意識の暗やみの中でつながっているかによって
取り合わせの結果は全く別なものとなる。蕉門俳諧の方法の特徴は
全くこの潜在的連想の糸によって物を取り合わせるというところに
ある。幽玄も、余情も、さびも、しおりも、細みもこの弦線の微妙な
振動によって発生する音色にほかならないのである。」