天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

雪の詩情 (2/2)

雪の結晶(webから)

 戦後の「雪」には、敗戦による屈折と内省から単純でないものが加わり、暗示的・象徴的な面が現れる。
  白きうさぎ雪の山より出でて来て殺されたれば眼を
  開き居り               斎藤 史
季語の本意は連歌の時代に盛んに議論されたが、里村紹巴(『至宝抄』)は、それを都人(みやこびと)の感性にふさうものに限定した。例えば冬の雪は、都に降る初雪に出会った感激やわずかな雪をいとおしむ興趣を詠うのであり、積雪のために薪採りの道が隠れ、人の往き来も絶えた光景は詠うものではない、といった具合であった。だが俳諧の時代になると、芭蕉により都中心の本意が見直される。旅で体得した不易流行の思想から、季語が指し示す物そのものの本質を蘇らせ、人との一体感を重視した。そして従来の季語(竪題)とは別に俳諧の季語(横題)を検討した。ちなみに本歌取りは、元歌の一部や心を取って詠い複合的な情調を醸し出す技法で、詩情を豊かにする。芭蕉漢詩古今和歌集西行などから本歌取りした。
 さて俳句の季語「雪」についてであるが、その本意や例句については、長谷川櫂『一億人の季語入門』、『日本の歳時記』の「雪」の項に尽されている。雪は白く冷たく美しい。更に月花とも共通するが、「時と共に移ろい消滅する」「再びよみがえる」。俳句での詠み方として、雪にどのような具体的な形を与えるか、また、自分にとってどう切実なものとして詠むかが鍵になる、と長谷川櫂は指摘し例句をあげている。以下にその一部を引用する。
一物仕立ての例。
     雪片のつれ立ちてくる深空かな     高野素十
     いくたびも雪の深さを尋ねけり     正岡子規
取り合わせの例
     是がまあつひの栖(すみか)か雪五尺     一茶
     降る雪や明治は遠くなりにけり    中村草田男

 最後に、一九三六年に世界で初めて雪の結晶を人工的に造り出し、さまざまな結晶のできる気象条件を明らかにした科学者・中谷宇吉郎の有名な言葉を引いておく。雪の詩情にふさわしい。「雪は天から送られた手紙である」


[注]本文は、「古志」2012年12月号 に掲載されたものです。