古典短歌の前衛―酒井佑子論(1/11)
■はじめに
酒井佑子=佐々木靖子のこれまでの歌集三冊、『地上』(佐々木靖子),『流連』(佐々木靖子)、『矩形の空』(酒井佑子)をまとめて読む機会を得た。一読、二読してみて、感想を述べることの容易ならざるを思った。あらためて短歌鑑賞・分析の観点を明確にする必要性を感じた。それで次のように整理した上で、三読、四読して評論の形にまとめてみた次第である。
短歌分析の観点
(1)視覚から: 漢字・ひらがな/かたかなの表記、畳語、古語
(2)聴覚から: 韻律、破調(語割れ・句跨り、特に初句や結句の字足らず)、
畳語、古語
(3)意味から: 文脈、動詞・助詞、歌語
(4)表現から: 喩、畳語、文法、仮名遣い、歌語
(5)対象から: 自然、生活・境涯、時事・社会
三歌集を通して底流しているテーマは、「生老病死」であろう。人間に限らず猫を例にした動物についても詠われている。子供の成育、父母の老、自身の闘病生活及び身近な患者の死、飼い猫との生活と看取り など、昭和54年(1979年)から平成17年(2005年)までの四半世紀の推移である。
■略歴
歌集の内容を理解する上で参考になる範囲のことを次に箇条書きにしておく。
▽昭和11年(1936年)父・増原惠吉,母・睦子(旧姓酒井)の三女として
東京市麹町区に生まれる。本名は増原靖子。
住んだ場所として、東京、山形、千葉、四国、大阪 など。
▽日本女子大学付属高校から日本女子大学文学部国文学科に進学。上代から
近世の国文学を学んだ(昭和30年〜34年)。短歌で師事することになる
五味保義教授は「作歌講座」を担当していた。
▽結婚したのは日本女子大在学中、二人の姉よりも先。夫はプロ野球
(国鉄スワローズ)選手の佐々木重徳。本名は佐々木靖子へ。
一女(恵子)あり。なお戦死したプロ野球スター・沢村栄治は叔母の
夫にあたる。
▽短歌との関係。6歳頃から愛国百人一首に親しむ。短歌を作り始めた
時期は、昭和21年5月から。
▽所属結社
アララギ(五味保義): 五味保義には昭和31年から師事した。
昭和34年(1959年)〜昭和47年(1972年)
人(岡野弘彦):
昭和51年(1976年)〜平成5年(1993年)
笛(藤井常世):
平成5年(1993年)〜平成10年(2001年)
短歌人(小池 光):
平成10年(2001年)〜 現在
■三歌集の特徴 (1)第三句字余り (2)畳語 (3)大幅な字余り
(4)ひらがな書きの効果 (5)古典的語法 (6)喩
(7)対語的用法 (8)魅力ある音韻 (9)惹かれる歌
(10)語割れの破調 (11)漢字表現の工夫
(12)外国語・カタカナ語の使用
いくつかの項目について、各歌集における割合を調べてみた。なお、『地上』の旋頭歌、『流連』の対話 については短歌から除外した。数値は%を意味する。
分析項目/歌集 『地上』 『流連』 『矩形の空』
正調の歌 19 18 12
第三句字余り 35 28 26
初句四音・字足らず 1 1 5
結句六音・字足らず 0 1 7
畳語 20 31 35
直喩 8 4 10
対語的用法 2 5 6
外国語・カタカナ語 12 23 23
この表から、正調の歌が少なく、破調(第三句字余り、初句四音・字足らず、結句六音・字足らず を含む)の歌が多いことが分る。わけても第三句字余りが目立つ。他には、畳語、外国語・カタカナ語 が顕著である。
以下では、技法毎に各歌集から例をあげると共に、酒井佑子が学んだ歌人達の影響を見ていくことにする。