天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

古典短歌の前衛―酒井佑子論(7/11)

婦人靴

■普遍のテーマ「生老病死
 酒井佑子の三冊の歌集を底流しているテーマは「生老病死」と
いってよいだろう。
生は、この世に自然と共に生きて在ること。その幸福と喜び
を詠う。
老は、加齢に伴う父母や自身の老いである。その感慨を詠う。
病は、自身の病気が主体。闘病生活におけるさまざまを詠う。
死は、父母や親しくしていた人達の死のこと。挽歌になる。
 こうした分類のもとに作品を見てゆくと、身に沁みて良さが
わかる。技法の分析ではあまり感じなかったことである。
それぞれについて沢山の魅力ある作品の中からいくつかとりあげてみよう。
なお、歌についての鑑賞は*印の部分に記す。

□生の歌
  一団の軽衣の少女輝きて走りすぎ吾にそのリズム残る
                      『地上』
*一団としてリズミカルに走ってゆく少女たちの生命の輝き。そのリズム感が
 作者に残る。生の証を感じる瞬間。


  霊長目ヒト科ヒト吾いちじるき雑食性ありてけふは馬を食ふ
*結句が初句二句と呼応して、生きることの凄まじさを伝えるユーモア歌。


  流寓のここも一処か大いなる夏桜屋(おく)を覆へるところ
  鬱すらや淡く途切るるにちにちに孜々として長くるものぞ
  爪髪(さうはつ)             『流連』
*日々生きて行く生活において、鬱などの感情は淡くなったり途切れることが
 あるのに、爪や髪は休むことなく伸びつ付ける。生きてあることの証であ
 る。


  電車バス大教室つねに最前の席を愛しき良き性(さが)ならず
  千円に売らるる仔犬うち重なり安寝してをり午後二時の天
*一頭が千円で売られている仔犬が、檻か籠に折り重なって安心して寝てい
 る。生きて在ることの悲しい現実。


  日おもてを日かげを歩みぬばたまの青毛の馬は息匂ひけり
                    『矩形の空』
*日光と息の匂いの取合せ、更に青毛の馬が生命を際立たせる。


  午後四時の雑巾がけ終り大いなること成し遂げしごときいい顔
  未だ履かぬ靴二足あり時あらばそを履きて草をレールを踏まむ
*元気になる時があったなら、未だ履いていない新品の靴をはいて野原に出て
 草やレールを踏んで歩きまわりたい。生への執着ともとれる。