天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

コミック短歌(4/12)

砂子屋書房刊

変容のきっかけ
短歌定型には、感動の画一化、自己肯定からくる批判精神の希薄化という陥穽がある。すでに大正から昭和にかけて釈迢空が、短歌の抒情性に疑問を抱き、叙事詩に展開しようとした。句読点の導入や多行書きがそれである。迢空自身は、「歌の円寂する時」(一九二六年)において非常に醜い作物と自嘲している。戦後の第二芸術論は、あらためてこの短歌の欠陥を突いた。わけても小野十三郎「奴隷の韻律」による批判の影響が大きい。
短歌の抒情を切るには、韻律面からは禁制度の大きい「増音減音の法則」を取り入れること。そして表記の面では、釈迢空の手法に加えて、さまざまな記号を使用すること が考えられる。抒情を断つ方法を整理すると次のようになろう。
(1)多行書きにして一見現代詩風にするとともに、読みを短歌の韻律から
   外す。明治期の石川啄木土岐善麿らが始め、現代でも岡井隆らが
   時に利用する。ローマ字や英語の表現、文字の配列を図形に擬えたり、
   横書きにしたり、といった方法である。
(2)語割れ・句跨りにする。前衛短歌と呼ばれた作品で塚本邦雄が開拓した
   手法である。
   しかし、期せずして従来の五、七の韻律とは違った独特で新鮮な抒情が
   生まれた。
    聖母像ばかりならべてある美術館の出口につづく火藥庫 
                        『水葬物語』
(3)大幅な字余りにして三十一音の規則を破る。例えば、土屋文明調が
   ある。しかし、五句の句切を意識して早口にでも読めば抒情は消え
   ない。空白で句切ってみればわかる。
    横須賀に 戦争機械化を 見しよりも ここに個人を思ふは 
    陰惨にすぐ                『山谷集』
(4)大幅な字足らずにする。思い切って一句抜きにする。高瀬一誌が
   多用した手法だが、一句抜いても意味のある言葉が五七、七七などと
   連続すると韻律と抒情が感じられる。「擬似短歌」と呼ばれる所以
   である。
    ブレーキをうけとめしのちバスにはバスのこらえ方あり 
                        『火ダルマ』
(5)叙述を避ける。例えば、漢字を羅列する。しかし、次の塚本邦雄
   例では、五音、七音で句切って読めるし、おまけに「り」の押韻つき
   なので、相当詩的である。
    錐・蠍・旱・雁・掏摸・檻・囮・森・橇・二人・鎖・百合・塵 
                         『感幻楽』
   斎藤茂吉の次の例になると抒情を消すことに成功している。
    電信隊浄水池女子大学刑務所射撃場塹壕赤羽の鉄橋隅田川品川湾
                        『たかはら』
   茂吉はこれを短歌として提示したのだが、さてどう読んだのだろう。
(6)句読点とは別に一見無意味な文字・記号を混ぜる。
    われら母國を愛***し昧爽(あさ)より生きいきと蠅ひしめける
    蠅取リボン          塚本邦雄『日本人靈歌』
   「母国を愛し」と続ければ、滑らかに読み下せるが、わざわざ
   「***」を入れたのは、この言葉を素直には言えない感情・躊躇
   があることを示したかったためである。
    青イQQ眠リハ$$$ユメヲQ&見ルツテ★☆!コンナ感ジカ?  
                 荻原裕幸『あるまじろん』
   記号部分からは音が消える。漫画では、衝撃を受けた状態を表すのに、
   こうした記号を散らせる画法がある。その応用で、錯綜した視覚的抒情
   を意図したものであろう。
視覚的抒情は、塚本邦雄が記号「*」を使用したり(『日本人靈歌』)素材としての文字の形象の美しさを短歌の表記に活用したあたり(『緑色研究』)から意識されるようになった。後続の穂村たちの世代は、積極的に記号を導入し始めた。そこには拍の調節も含まれていた。
聴覚的抒情と視覚的抒情を併せ持つ秀歌として、次の一首をあげておく。
    にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった
                   加藤治郎ハレアカラ
不思議なことだが、この歌をきっちり五、七、五、七、七で句切って読んで見ると、厭戦気分が漂ってくる。連続する「ゑ」の音と字面のイメージによることは明らかである。