天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

機会詩〈短歌〉ノート (1/6)

ゲーテ

ドイツの大詩人ゲーテは、「全ての詩は機会詩である」と言った。この世の一瞬間は、あまりに美しく個人にとって生涯にただ一度しかない機会なのだから、そこから生まれる詩はすべて機会詩ということになる。これでは、分類に使えなくなってしまう。ただ、詩というものは、何も特定の場面で詠まれるのではない、あらゆる事象・事件が詩の対象になる、という認識を広めた。こうして社会詠や時事詠の分野も拓かれたのである。
機会詩でない作品はあるのだろうか? ある。それは、例えば、「ホメーロス」のような叙事詩である。短歌について見れば、古典和歌で盛んだった題詠であり、現代短歌で始まったテーマ詠である。それぞれの代表的歌人をあげれば、藤原定家であり塚本邦雄である。藤原定家に「最勝四天王院名所障子和歌四十六首」があり、塚本邦雄ランボオヴェルレーヌの同性愛関係をテーマにした『水銀傳説』があることを考えれば十分であろう。眼前の事象に触発されて、その場の感懐を歌った詩ではない。つまり機会詩でない。
ちなみに、古典和歌の時代に題詠が重きをなした原因として、古今集以降の勅撰和歌集で部立が精緻になったことが考えられる。詠む対象、季節を規定してしまう。今でいう時事詠は入る余地がないか、雑の部に仕分けられ主役に成り得ない。
よく知られているように、藤原定家は、「紅旗征戒はわが事にあらず」として、国の政治や兵乱を、歌道・和歌から切り離した。
ひとり西行だけは天下大乱を短歌にわずかに残した。ただ、これらの歌は、新古今集並みの部立てで編集された「山家集」ではなく、「聞書集」に載っている。次は木曾義仲が近江で戦死したことを知って詠んだ有名な歌。


 木曾人は海のいかりをしづめかねて死出の山にも入りにけるかな
                         西行