天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

河童と我鬼(10/10)

龍之介が描いた河童図

                                         おわりに
名句とされている俳句を制作年と共に次にあげよう。江戸俳諧に学び独自の境地に達したことが垣間見える。
    木がらしや目刺(めざし)にのこる海のいろ      大正六年
    元日や手を洗ひをる夕ごころ            大正十年
    蝶(てふ)の舌ゼンマイに似る暑さかな        昭和元年
    水涕(みづばな)や鼻の先だけ暮れ残る        昭和元年
この水涕(みづばな)の句には、「自嘲」の詞書があり、芥川龍之介の辞世と云われるものである。それは自殺する直前の昭和二年七月二十四日深夜、朝になったら主治医・下島勲に渡してくれと伯母に頼んだ短冊の句であった。辞世として鑑賞すると、「わが文筆の生涯を振り返ってみれば、次々に書いてきた作品は、とめどなく流れ落ちる水洟のように憂鬱でつまらないものであった。ただ、夏目漱石先生が絶賛して下さった初期の短編小説『鼻』にこめた人間の性のことだけは、今でも忘れ難く心に残っている。」といった解釈になろう。
この句は、次の内藤丈草の作品と情感が似ている。
    うづくまる薬のもとの寒さかな 
    淋しさの底ぬけてふるみぞれかな 
なお高浜虚子
    手で顔を撫づれば鼻の冷たさよ         昭和二十四年          があるが、多分、芥川の辞世句が念頭にあったであろう。若すぎる芥川の自殺を惜しんで、私ならこんな風に詠むよと、気楽さを出しているように感じられる。

                                              参考文献(本文にあげたものを除く)
  永田龍太郎編『夏目漱石句集―則天去私全句』永田書房(昭和六十三年)
  森本哲郎『月は東にー蕪村の夢漱石の幻』新潮文庫(平成九年)