天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

さまざまな直喩(7/13)

枯尾花

 直喩の内容は、対象の状況・状態とそこから喚起される作者の心象・心情によって決まる。つまり対象に接して、あるいはある状況下で、湧きおこる作者の感情や心象を俳句に詠むわけだが、対象への接し方は五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)のいずれかを通してのことである。そこに表現の多様性が生じる。中でも視覚に関わる表現の種類が、「似」「顔」「さま」「かたち」「色」「ふぜい」「けしき」等々と多い。いずれの感覚にも関わる表現としては、「さながら」「加減」「までに」「たとへば」などがある。また心情に関わるものでは、「めき」「さうな」「ここち」「心」「までに」など。
それぞれの感覚と心情のみの例を二句ずつ以下にあげる。
     狐火の燃(もえ)つくばかり枯尾花      蕪村 (視覚)
     石段の伸び行くがごと初詣         虚子 (視覚)
     春月や潮のごとく太鼓打つ         茅舎 (聴覚)
     釣鐘のうなる許りに野分かな        漱石 (聴覚)
     猫ぢやらし触れてけもののごと熱し    草田男 (触覚)
     夏めくや卓布にふるる膝がしら       裕明 (触覚)
     少年のごとし梅の実を食(は)めば酸し    誓子 (味覚)
     咽喉の脹(は)れは甘きに似たり梅の花   草田男 (味覚)
     夢はじめ松葉を匂ふほど積みて       裕明 (嗅覚)
     硝煙の如き寒気の香に山々        草田男 (嗅覚)
     灰の如き記憶ただあり年暮るる       虚子 (心情)
     元日や蹣跚として吾思ひ          漱石 (心情)