天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

さまざまな直喩(10/13)

蝶

次に共通性の高い「やう」と「似」の場合について、それぞれよく使用した作家の例句を二句ずつあげる。
     すりこ木のやうな歯茎も花の春        一茶
     此(この)やうな末世(まつせ)を桜だらけ哉
     十五夜を絵本のやうに泣きに泣く       展宏
     冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ
     泣いてゐるやうな子供の秋の繪に       裕明
     水涸れて恋文は矢のやうに来る
     はなのかげうたひに似たるたび寝哉      芭蕉
     旅人のこころにも似よ椎の花        
     枸杞垣の似たるに迷ふ都人          蕪村
     裏枯(うらがれ)の木の間にも似たり後の月       
     煩悩の朧に似たる夜もありき         漱石
     柳あり江あり南画に似たる吾        
     惣嫁(そうか)指の白きも葱に似たりけり   龍之介
     蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな      
近代以降、新しい直喩表現がいくつか追加された。作者と追加した表現を、次にまとめておく。例句はすでに「直喩表現の多様性(一)」で紹介した。
   虚子: 思ひ
  草田男: ―なす、さながら、―じみ、眼して、―的
   展宏: かたち、ふぜい
   裕明: ―までに、たとへば、―ごゑ
漱石、龍之介には新しい直喩の構造が見られないが、小説家の彼等にとって、喩は当然のこととして、特別扱いはしなかったと思われる。