天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

Dr.Ryuの場合(1/8)

新潮社から

はじめに
Dr(ドクター).Ryu(リュウ) こと岡井隆の人生経験と短歌を家族詠について見てみたい。情報を共有でき、また解説も多い時事詠や社会詠に比べて、家族詠は難解だった。岡井が作ったいくつもの家庭に関しては、一般読者が内情を理解できる状況になかったためである。ところが、最近になって『わが告白』(新潮社)が出版されるに到り、それまでの「一歌人の回想(メモワール)」シリーズ三冊や『岡井隆全歌集』付録の自筆年譜などと合せて読むことにより、家族構成の経緯が明らかになってきた。それで岡井の家族詠が鑑賞しやすくなったのである。
本稿を書くにあたり、岡井隆の生活上の履歴と歌集の出版時期(作品の詠まれた時期)、作風の変遷とを合せて、先ず年表を作成した。それを指標に家族に関わる人生経験と短歌をみていくことにする。(年表は添付せず)
岡井隆には、最近の『X-述懐スル私』に到る三十一冊の歌集があるが、そこから家族詠を抜き出すのに、かなりの労力を要した。それは岡井の次のような創作態度によるからである。
  瞬間を永遠とするこころざし無月の夜も月明かき夜も
                  『X-述懐スル私』
日常生活の一瞬一瞬を詩歌に書き残すことで永遠のものにしようという志なのだが、それらを自由に短歌、詞書、間奏文 等として差しこむので、テーマの輪郭が摑みにくい。
岡井隆には今までに、三回の結婚生活と子供はできたが同棲だけに終った生活があった。一つの生活から逃れるのに、彼はいつも家出という方法をとった。以下のように回想している。「いま、わたしは、どちらの家出の場合も、それに先行する一年間ほどの、毎日毎日飽くことなく続けられる家族との葛藤、揺れ動く決意と喪神、失望と希望の過程を思いおこしている。あらゆる手だてをつくしたとは言わないが、それでも、できそうな打開策は大ていし尽した末に、ある日、家を出ることになる。家出は、一時の衝動によっては行なわれるものではない、というのが、わたしの場合の体験の一帰結であった。」(『岡井隆全歌集?』のあとがき)
本文では、便宜上、生活を共にした女性を中心に分類する。本名が解らない場合には、岡井に倣って記号名を使用する。また、比喩の歌の内容は、背景の説明から自ずと明らかなので、解説は最小限にとどめる。