天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

Dr.Ryuの場合(3/8)

思潮社より

B女との生活
A女との葛藤に悩んでいた時に、支えになってくれた人たちの中に、B女がいた。A女と別居した次の年からB女と同棲を始める。B女は岡井と同い年である。
  口すすぐ水のにごりのあわあわと性はたぬしき魔といわずやも
                         『朝狩』
  かぐわしき妻なりければ 接線(せつせん)の切々として吾(あ)れ
  逼(せま)りけり
「接線の」は、韻律上の序詞的工夫。
同棲してから三年目に、岡井は慶大から医学博士号を取得。そして四年目に娘Uが生まれる。A女とは法律上まだ婚姻関係にあったので、この娘は庶子であった。こうした岡井の生活態度は、近親友人から当然非難された。
  ひとり脱ぐ汚名の襯衣(しやつ)のファシストの黒衣に似つつ肌緊まるかな
                         『朝狩』
シャツを脱いで非難に耐えているイメージ。
『眼底紀行』「6.家族、わけても子供の情景」から、娘Uを詠んだ歌を次に二首あげる。
  頭からシャボンの泡に埋りたるその時父と呼びかけられつ
                       『眼底紀行』
  あやうくも走らむとする足どりのその先ざきに海あるらしも
父・弘が小金井市東町に土地を購入し家を建ててくれたので、そこに家族と住んだ。ところが、それから四年してB女や娘Uとの生活に破綻が生じる。岡井がある女性との愛恋に苦しみ始めたのである。B女との同棲生活は、岡井がC女と共に九州へ出奔する昭和四十五年七月をもって終りを告げる。
  泣き喚ぶ手紙を読みてのぼり来し屋上は闇さなきだに闇
                        『鵞卵亭』
  子殺しにちかしとぞいふ一語をもななめ書きして手帖古りたれ  
修羅場とはこういうことであろう。後に父・弘がB女母子が住む小金井の土地(父の名義)を処分したいと言っていることを、九州にきた弟・亮から聞いて岡井は悩む。
  なまぐさき土地売却のいきさつの水の館(やかた)を出でて嘆かふ
                   『人生の視える場所』
水の館(やかた)とは、玄界灘沿岸金咲港にある水族館のことで、弟と訪れた。