X女への愛恋
「家族とはつねに、この性愛なる魔ものを媒介として成立するものなのである。」(『挫折と再生の季節』)と断言する岡井は、昭和四十一年頃から人知れず、ある愛恋のためのたうちまわって苦しんでいた。その対象を仮にX女としておく。どうしようもない性愛の業に悩んでいたというが、恵まれた住いでのB女との同棲生活に何故満足できなかったのか?家庭の詳細な内情については、『わが告白』でも明らかにされていないので、読者には理解できない。X女の年齢や岡井との関係も不明。この時期に詠まれた『天河庭園集』の短歌をみて想像するしか手立てがない。
喘ぎいし雪の明りのくちびるはなに食(は)み居らむこの夕まぐれ
『天河庭園集』
動物と動物の間(あい)びらびらの欲望をひきずりて吾(あ)れ行く
飛ぶ雪の碓氷(うすい)をすぎて昏みゆくいま紛れなき男のこころ
恰好良く決めているが、失恋の歌(岡井註)。
[注]歌の仮名遣いはもとの歌集のまま。