天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

Dr.Ryuの場合(8/8)

歌人・岡井 隆

おわりに
こうして見てくると岡井の生活力には驚嘆してしまう。病院や大学に勤務するかたわら、詩歌の分野での幅広い活動と膨大な著作、そしていくつもの家族の生活費・養育費を長年にわたって稼ぎだしたのである。ただ、岡井と生活を共にし、やがて別れていった女性と子供たちの気持を忖度するとやりきれない。
現代短歌のレトリックを最前線で開拓してきた彼の特徴は、家族詠においては卓抜な比喩の用法に顕著であることがわかった。ライトバースやニューウェーブの時代であっても、時事詠などで見られたような韻律偏重のオノマトペや過激な表記法は、家族を詠む場合には使っていない。むしろ古典的な端正さを感じる。そこに、作っては壊したいくつもの家族に対するぎりぎりの良識を読みとることができる。最後に家族詠というには残酷だが、岡井隆らしい代表作を次にあげておきたい。
  歳月はさぶしき乳を頒(わか)てども復(ま)た春は来ぬ花をかかげて
                        『歳月の贈物』