天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

自然への挽歌(9/9)

 

「国破れて山河あり」(杜甫「春望」の一節)の自然観が、我国の短歌の自然観を長く支配してきた。人間が構築した国家は滅んでも山河の豊かな自然は残るという思い込みである。奈良県吉野の自然にどっぷり浸って一生を終えた前登志夫の言葉、「僕の山河の形象や民族は、文明社会の告発という動機によって得られたもの」は、彼の作品が自然への挽歌にもなり得ることを示唆している。特に最後の歌集『大空の干瀬』には、この感が強い。


 みなかみに二つのダムが出来てより森ものがたり絶えて久しき
 谷蟇(たにぐく)のさわたる極みダイオキシン滲める土に草萌え出でよ
 かぎりなく世界が崩れゆく日にもおたまじゃくしは池に涌くなり
 やままゆのさみどりの繭祀りたりオゾンホールにこころいたみて


願わくば、次のような事態にならないことを祈るばかりである。
 宇宙塵降りつむ荒野にたたずみて裸足のぼくらなにを視てゐる
                  柚木圭也『心音(ノイズ)』

 

主要参考文献 本文中に記載したもの以外
1. 小高賢編『近代短歌の鑑賞』新書館
2. 小高賢編著『現代短歌の鑑賞』新書館
3. 『現代短歌最前線上巻』北溟社
4. 『現代短歌最前線下巻』北溟社
5. 来嶋靖生著『柳田国男と短歌』河出書房新社
6. 『岩波現代短歌辞典』岩波書店
7. 島田修三「『アニマ』、架橋者の自覚」「歌壇」二00九年五月号
8. 秋田興一郎「喩に沈む季節」「短歌人」平成一四年七月号

 

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前 登志夫の歌集

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                         天野 翔