匂い・匂うの歌(2/8)
紫草(むらさき)のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも
万葉集・天武天皇
引馬野(ひくまの)ににほふ榛原(はりはら)入り乱り衣にほはせ
旅のしるしに 万葉集・長奥麿
あをによし寧楽(なら)の京師(みやこ)は咲く花の薫(にほ)ふがごとく
今盛りなり 万葉集・小野老
紅(くれなゐ)に衣染(し)めまく欲(ほ)しけども着てにほはばか人の
知るべき 万葉集・作者未詳
筑紫(つくし)なるにほふ児ゆゑに陸奥(みちのく)の可刀利少女
(かとりをとめ)の結ひし紐解く 万葉集・東歌
散ると見てあるべきものを梅の花うたて匂ひの袖にとまれる
古今集・素性
花の色は雪にまじりて見えずともかをだににほへ人のしるべく
古今集・小野 篁
匂ふ香の君おもほゆる花なれば折れる雫にけさぞぬれぬる
古今和歌六帖・伊勢
夜もすがらふりつむ雪の朝ぼらけ匂はぬ花を梢にぞ見る
新後撰集・源師重
一首目は、いまはもう兄の妻になってしまったかつての妻に、「君をいまでも慕っているのです」と求愛する恋の歌で、高校の古文の教科書には載っていよう。
二首目は、持統天皇が三河の国に行幸された時に従駕した長忌寸奥麿が詠んだ一首で、「引馬野に美しく色づいている榛原に分け入って衣を染めなさい、旅のしるしに」という意味。
三首目も教科書に出ているほど有名で、説明は不要。
四首目は、「もえたつようなあなたの色に染まりたいが、そうなれば世間が知るところになるだろうなあ」という意味。
五首目は、いかにも遠征した兵士(防人(さきもり))にありそうな状況の歌。意味するところは、「筑紫へ来たら、可愛い娘に出会ってしまい、故郷に残して来た妻(恋人)との誓いを破って仕舞った」という。なお可刀利とは、『堅織の訳でこまやかに織られた絹布』(言海)。