匂い・匂うの歌(4/8)
日本で「香」が用いられるようになったのは、仏教伝来の頃という。当初は、主に仏前を浄め、邪気を払う「供香」として用いられ、宗教的な意味合いが強いものだった。平安時代になると、香気を楽しむ「薫物」が貴族の生活の中でさかんに使われるようになった。貴族たちは部屋や衣服への「移香」を楽しんだ。
花の香を着物の袖に移すことは、平安朝の風流あるいは身だしなみのひとつであったのだろう。和歌にそれがよく反映されている。
ただならぬ花橘のにほひかなよそふる袖は誰となけれど
千載集・皇太后宮の五節
花ざかり春のやまべを見わたせば空さへにほふ心地こそすれ
千載集・藤原師通
尋ねつる花のあたりになりにけりにほふにしるし春のやまかぜ
千載集・崇徳院
梅の花にほひをうつす袖のうへに軒もる月の影ぞあらそふ
新古今集・藤原定家
しら雲の春はかさねてたつた山をぐらの峰に花にほふらし
新古今集・藤原定家
散りぬればにほひばかりを梅の花ありとや袖にはる風の吹く
新古今集・藤原有家
梅の花たが袖ふれしにほひぞと春やむかしの月にとはばや
新古今集・源 通具
崇徳院の歌は、桜の花の咲く場所が山風の匂いから分かった、という。