匂い・匂うの歌(7/8)
薬師寺の塔のしら壁ましら壁ゆふかたまけてさぶくにほふも
新井 洸
落葉松(からまつ)の芽ぶきの時の色感(しきかん)を匂ふといひて
ただ已(や)まむのみ 松村英一
谷ひとつへだててまともに白馬岳うす紫に残雪にほふ
窪田章一郎
見る限り焼き払ひたる出津の野はいく日ののちも野火の匂ひす
吉植庄亮
日につづく夕べなれども髪結ひてもどりし妻の髪匂ふかな
上田三四二
雨のくるまえのひととき愁わしも動物園ににおいみちつつ
村木道彦
羽の裏紅く匂ひし羽ばたきを収め終りて鶴しづかなる
初井しづ枝
事きれしからだをゆすりなげかへばはやも空しき人のにほひす
今井邦子
新井洸は、15歳で佐佐木信綱に師事し、20歳以降「心の花」の歌人として活躍。洋画家や小説家をも志した。この歌からは、薬師寺の姿が彷彿とする。
松村英一は、16歳より新聞の短歌欄に投稿を始め、窪田空穂の選を受けたことから窪田空穂に師事。小学校を中退後、職を転々としながら短歌や小説の執筆に励む。生涯にわたって定職は持たず、短歌雑誌の編集などに従事し、昭和56年91才で歿した。
吉植庄亮は、大正時代~昭和時代の歌人、政治家。金子薫園に師事し、北原白秋とも親しく交流した。
初井しづ枝の歌の匂いは、照り映える色を意味する。北原白秋に師事、その後は宮柊二主宰「コスモス」の主要同人となる。
今井邦子は、徳島市出身の「アララギ」の歌人、小説家。この歌には、小説家らしい感性が現れていよう。