匂い・匂うの歌(8/8)
セメントのにほふ地下駅葱の束解きたるがごと若者らゐる
真鍋美恵子
眠りゐる褐色の犬とたんぽぽと土に低きもの自(じ)がにほひもつ
真鍋美恵子
美しく名を呼ばれたりはつなつの魚の匂いのする坂道で
藤本喜久枝
議事堂より出できてわれを遮りし集塵車激しき腐臭を放つ
和田周三
こよひさやかに透きて匂ふはたまかぎる体内の月体外の星
山中智恵子
かすかなるわが体臭を匂わせて竹林のなか過ぎしうつし身
岡部桂一朗
杳(とほ)い杳いかのゆふぐれのにほひしてもう似合はない菫色のスカーフ
小島ゆかり
悔恨と怠惰退屈たそがれて人間のにほひ薄れゆきたり
工藤まりゑ
真鍋美恵子は、「心の花」に所属して、超結社集団「女人短歌」の中心人物としても活躍した。対象をシャープに切り取り理知的な直喩でもって、物事の真相を捉えようとしたものが多くある。(大辻隆弘評)
藤本喜久枝は自分の名が呼ばれた時に、美しいと感じたのだ。その場所が魚の匂いのする坂道であっただけに。
山中智恵子の歌では、月や星の暗喩をどう解釈するかが問題。わざわざ体内、体外といっているところも思わせぶり。「たまかぎる」は、枕詞として、「夕」、「ほのか」、「ただひと目」などを導き、また玉からは、たましいや霊力を思わせる。「玉」のように丸いものもイメージさせる。若い女性の体を賛美している歌と解釈したい。
工藤まりゑの歌は、人間としての生活感が無くなってしまったことを指していよう。二句三句の「た」音の繰り返しが、やけっぱちな感じを与える。