涙のうた(10/11)
涙ぐむ母に訣(わか)れの言(こと)述べて出で立つ朝よ青く晴れたる
渡辺直己
幾度か逆襲せる敵をしりぞけて夜が明けゆけば涙流れぬ
渡辺直己
ゆふぐれに何を泣くこどもよ 汝が涙汝を抱ける父に溢れぬ
葛原妙子
塩甕(しほがめ)にいっぱいの塩を充たすとて溢るるはなにのゆゑのなみだぞ
葛原妙子
生き行くは楽しと歌ひ去りながら幕下りたれば湧く涙かも
近藤芳美
ひげのびし顔涙して寝るかたへ熱き体を汝も並ぶる
近藤芳美
こころより悔(くやしみ)が湧(わ)くときありて昼のあひだも泪いでむとす
佐藤佐太郎
とめどなく涙は裡(うち)をつたひつつわが胸の奥ひややけき甕
田谷 鋭
渡辺直己の歌は、二首とも共感できる。
葛原妙子の二首目の歌は、本人も詠っているように、読者にも「なにのゆゑのなみだ」か分からない。塩がよほど不足していた生活があったようにも想像されるが。
近藤芳美の歌: 二首ともに演劇的である。
田谷 鋭の歌: 「裡」と「胸の奥」との関係が不明。同じところか。胸の奥のひややかな甕から涙がとめどなくあふれ出る、という意味か。そうではなく、涙が流れて胸の奥の甕に溜っていく、というイメージにも見える。