冬を詠む(5/9)
あたらしきよろこびのごと光さし根方あかるし冬の林は
上田三四二
正確に何かを掴みひきしまる拳殖(こぶしふ)えゆき冬に入る視野
岡井 隆
冬のゆくゆふべ茜の雲吹きあげ街歩む人に悲しみもなし
鹿児島寿蔵
木鋏を鳴らして冬の枝を断つ芽ぐめる枝も容赦なく断つ
大西民子
青年の不逞なる冬、朝朝は黒きジャケツに首つつこみて
塚本邦雄
冬の浮標(ブイ)を眺めておりぬわが脳が帯電をするまで動かずに
佐佐木幸綱
裸木の枝うちかすむ野の末やきびしき冬もやや過ぎにけり
今井邦子
それぞれの心情あるいは時代を反映している作品群である。
上田三四二の歌は、「よろこびのごと」と直喩にしてあるが、「よろこび」は作者のものなので、「よろこびとして」としたくなる。
岡井隆の歌からは、政治運動の群衆の映像がクローズアップされる。「何かを掴み」に群衆の心理が反映されている。
鹿児島寿蔵は、福岡県出身の紙塑人形作家であり歌人。日本紙塑芸術研究所を開き、人形美術団体甲戌会を結成。人間国宝となり83才で死去。また島木赤彦・土屋文明に師事したアララギ派の歌人であった。
塚本邦雄の歌は、少し説得力が足りないように感じる。「黒きジャケツ」がさほど効いていない。
今井邦子の歌では、「うちかすむ野の末」と「冬もやや過ぎにけり」とが呼応して、共感できるイメージになっている。